屈従! 第二の刺客、襲来!(4)

 ――――ついに【フレディ子】が初撃をくり出した。

 右。

 空気を震わせる、重そうな大振りだ。

 重そうだが、速くはない。ここでなぜそうなのかについて説明を試みたい。


 ボクサーと、その十倍の身長を持つ巨大ロボットとで考えてみよう。

 ボクサーが五〇センチ先の、巨大ロボットが五メートル先の標的へそれぞれ同時にパンチを打ったとする。これが同じタイミングで当たるなら、ロボットのパンチスピードはボクサーの十倍である。


 さて、運動エネルギーは{質量}と{速さの二乗}の積だ。


 ロボットの身長はボクサーの十倍なので、体積はその三乗、つまり千倍。

 人間と同じ比重と仮定するなら、{質量}も千倍。

 そして、ロボットのパンチが十倍の{速度}だったら、その{二乗}は百倍。

 以上の結果から計算すれば、運動エネルギーは千かける百の十万倍になる。


 ……十万倍(ロボットは金属製なので、実際にはもっと大きくなる)の運動エネルギーには、ロボットの体が耐え切れない。装甲が無事だったとしても、関節がわやになる。相手のではなく、自分自身の。

 【ゴダイヴァ】や【フレディ子】の動きが遅く感じられるのは、そういう理由なのだ。

 しかし、だからといって彼女たちの戦闘がショボく見えることはない。むしろ迫力は増すのである!





【ゴダイヴァ】はがっちり固めたガードで迎えた。

 ご存じ、マイク・タイソンや幕の内一歩で有名な、ピーカブー・スタイルだ。


 スイング気味の大振りが、ガードした腕に当たった。

 CFRP製の黒い装甲が吹っ飛んだ。

「わあああああっ!!」

 衝撃で、コクピットが激しく揺れる。


 かんはつを入れず、今度は逆から。

 左右交互の連撃を叩きつけられ、【ゴダイヴァ】はまるでサンドバッグだ。

 ろくな攻撃もできなかった【サダ子】にくらべると、【フレディ子】は格段に強くなっている。


 コントロールルームでは、難しい顔の永井と横山。

「消費電力を抑えるために動きを最小限にしぼってるんだろうが、よくないな」

 ガードに力を込め、両足を踏んばっているせいで、バッテリーの消費量はかえって増大していた。

「なんとか反撃に転じてくれればいいんですけど……」





 コクピットまで伝わる打撃音に負けじとばかり、冬羽とわは険しい顔で怒鳴りつけた。

「いいから触れ!」

 手首をつかまれそうになったが、次の震動で空振り。それでもしつこく手を伸ばすので、一拓いったくは反射的に振り払った。


「……ホントに恥ずかしいと思ってるんですか?」

 疑いの目を向けられ、冬羽とわもいい返す。

「私が恥ずかしがっていないなら、それはキミがきちんと仕事をしていないからだ!

 キミの仕事は私を恥ずかしがらせることなんだぞ!」


 けたたましいアラーム音が響き渡り、続いてかすように通信が入った。

『そろそろバッテリーが切れます! 緊急脱出の用意を!』


「無理ですよ! 逃げましょう!」

 手動操作に切り替えようとタッチパネルに伸ばした手は、冬羽とわはばまれた。

「ダメだ!」

「どうしてですか!

 部長は、なぜそうまでして戦いたいんですか!」


 そのとき、ゲージの光が完全に消えた――――。





 バッテリー切れとは別の警報音が鳴った。

【ゴダイヴァ】のAIが予測・検知した急加速、急減速を知らせるG警報だ。


「うわあああああっ!」





 巨大な重量物が海面を叩く轟音。

 続いて雨のように降りそそぐ海水。

【ゴダイヴァ】は、前のめりに倒れ込んだ。





『コントロールより【ゴダイヴァ】!

 応答してください!

 冬羽とわさん! 一拓いったくさん!』


 悲鳴のような横山の叫びがコクピットに響き渡る。





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