屈従! 第二の刺客、襲来!(3)

 お仕事ものめいた日々はあっという間に過ぎ、火曜日。

 夜九時前、一拓いったくはいわれたとおり高恥研へ出勤した。


 照明のともった格納庫ハンガーでは、作業員が忙しく立ち働いていた。

 コントロールには永井と横山、それどころかなでこ先生まで、すでに顔を出していた。


「襲撃が何時になるかはわからない。長丁場だ、覚悟しておけ」

 冬羽とわの無愛想は相変わらずだが、身にまとう空気はいつもより硬い。

「……はい」

「私は仮眠をとる。何かあったら起こしてくれ」といって、彼女は部屋を出ていった。


 ひとり待機する事務室に、内線がかかってきたのは深夜。

『レーダーに反応がありました』

 ちなみに、レーダーは無線設備扱いなので、原則的には免許が必要だ。永井が取得している。


 日付が変わっていた。

 どうやら「やつらは水曜日にやってくる」という冬羽とわのことばは本当らしかった。





 格納庫ハンガーに下りた一拓いったく冬羽とわは、垂直上昇式高所作業車のプラットフォームに乗り込んだ。

【ゴダイヴァ】のコクピットは胸のあたり、ハッチは背面にある。その高さまで、これで上がる。


「…………」

 伏せた顔から横目で見上げた。

 視線に気づいていないのか、冬羽とわはいつものへの字口で遠くを見つめている。

 まるで、隣にいる一拓いったくのことなど目に入らないように。

 あらためて湧き上がる疑念。

(この人は、何のために戦うんだろう……?)


 ハッチの高さまで到達して、プラットフォームは上昇を終えた。





 湾のこちら側は大部分閉鎖されているが、反対側の工場地帯は深夜でも稼働している。その機械音が、潮騒しおさいじってかすかに届いていた。

 真っ黒な空と真っ黒な海の狭間はざまで動く、巨大な物体の輪郭りんかくが、工場の灯に照らし出され、おぼろげに浮かび上がった。


 ――――やはり【ゴダイヴァ】と同サイズの、女性型。

 両手の指は鋭い鉤爪。

 頭部の左右に出っぱったヒレ状の突起は、帽子のツバを思わせる。





 さっそく入る永井の通信を、ふたりはコクピットで聞いた。

『【フレディ子】以外ないでしょう。いいですね?』

 もちろん『エルム街の悪夢』シリーズに登場するフレディ・クルーガー。本家の鉤爪が右手のみであることはご存じのとおり。


 ところで、【ゴダイヴァ】の姿勢や動きは、ローポリゴンの3D映像で搭乗者アキュパントに伝えられる。彼女のカメラに彼女自身は映らないからだ。

 いまは自機の正面で、三角すいや円柱や直方体がいびつに出たり引っ込んだりしていた。これは【フレディ子】。

 映像が雑なのは、夜間でじゅうぶんな視覚情報が取得できないせいだろう。





 初めてのときはわけもわからず、無我夢中のうちにことが終わっていた(深読みしなくていい)。

 しかし二回目ともなれば、一拓いったくも多少は冷静に状況を把握できるはずだ。


 ――自分は【ゴダイヴァ】の狭いコクピットで、巨乳女上司と二の腕を密着させている。

 目の前のディスプレイには、【フレディ子】の上半身が大写し。すでに一足一刀の間合いで、一触即発の危機。

 そういえば、プリンの件ではまだ謝罪してもらっていなかった。

『バッテリーの残量に気をつけてください』

『【フレディ子】は両手の鉤爪で攻撃してくると思われます』

 コントロールから続々入ってくる通信――。


 これが冷静でいられるかと。


「何をボーッとしている。戦いはもう始まっているんだぞ」

「は、はい、すいません」

 地に足が着かないのも無理はないが、怒られた。


「のんびりしている時間はないんだ。

 さあ、触れ」

 催促するように、冬羽とわが胸を突き出した。

 今日は濡れても透けてもいないが、大きくえりの開いたスキッパーシャツ。

 それはもう突き出すという表現がぴったりの砲弾型が、攻撃的に迫ってくる。

「えっ、なんですかこんなときに……」

 こんなときじゃなかったら触るのか。


 尻込みする一拓いったくに、冬羽とわが詰め寄る。

 その表情はいつにもまして真剣そのものだった。


「こんなときだからだ。

【ゴダイヴァ】のバッテリーはすぐになくなる。その前に恥力ちりょくジェネレータを動かすことができなければ、私たちは敗北するぞ」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る