屈従! 第二の刺客、襲来!(2)

 午前中は手動操作の練習。

 午後は宅建の試験勉強。

 それが一拓いったくの新しい日常になった。


「へえぇ、『無効』と『取り消し』ってちがうんだ」

「うむ。どちらも法的な効力を発しない点では同じだが、『取り消し』は取り消されて初めて無効になる。

 ちなみに民法では『善意』と『悪意』も一般とはちがう意味だぞ」

『善意』は「その事実を知っている」、『悪意』は「知らない」。変な日本語である。


 宅建の勉強は、やってみると案外楽しかった。

 学生時代はピンとこなかった内容も、実際に社会人経験を積んだ後では何となく理解できるものだ。理解できるから覚えられる。覚えられるから手応えを感じる。


「部長、ちょっと聞いていいですか? この問題なんですけど」

「見せてみろ。

 ……『Aは所有する土地をBの詐欺によってCに売却した後、Bの詐欺行為を知った。CがBの詐欺を知らなかった場合、Aは売買契約を取り消すことができる。〇か×か』。

 ……ふむ」

「この場合、どうなるんですか?」

 冬羽とわは、「善意、悪意、第三者……有過失、無過失……心裡留保しんりりゅうほ、虚偽表示、うんうんなるほど?」などつぶやいた後、顔を上げた。

「解答はどうなっている?」


「……部長、宅建持ってるんじゃないんですか?」

「私も勉強中だ」

 しれっとした態度で答えたものだ。





 一拓いったくが黙々と参考書に向かう横でノートPCとにらめっこをしていた冬羽とわが、ふと時計を見て伸びをした。

「ひと息入れるか」

 席を立つと、いまにも鼻歌を歌いそうな足どり。給湯室へお茶をれにいくのだろう。


 ここは部下として、自分がと申し出る場面だが、一拓いったくも気を遣いすぎて疲れてきた。正直めんどくさい。めんどくさい上司なのだ。

 お茶のれ加減にも好みがあるからな……と、あえて手を出さない言い訳を内心で並べていたら、

「ない!」

 叫び声に続いて、冬羽とわが血相を変えて戻ってきた。


「プリンがない……」

「……はい?」

「冷蔵庫のプリンがない。名前もちゃんと書いておいた。消費期限もまだ先のはずだ」

 気持ちはわからんでもないが、そこまで必死になられると正直、ちょっと引く。

「はあ……」


 要領の得なさを腹にえかねたと見え、冬羽とわ一拓いったくを詰問した。

「キミが食べたんじゃないだろうな?」

「え? 食べてませんよ」

 そんなことするものか。上司のプリンに対するこだわりは知っている。

「本当か?」

 濡れ衣の上に念を押され、一拓いったくもさすがにムッとした。

「食べてませんって」


 ――――と、

\ワアアーッ!!/

 突然の大歓声。

「フゥー↑!!」

 続いて奇声。

 医務室のほうからだ。

 一拓いったく冬羽とわは顔を見合わせた。


 医務室のドアを開けると、なでこ先生がスマホの動画に合わせて踊り狂っていた。

 イヤホンをつけているが、ジャックが抜けている。

「…………」

 一拓いったくに肩を叩かれ、ふり返った褐色女医の表情よ。

「あいえなー!」


 ゴミ箱の中には、きれいな字で「業ヶ崎冬羽」と書かれたプリンの空容器が捨てられていた。





 がっくり肩を落とす帰宅の途。

(疲れた……)

 疲れた。

 むしろ【ゴダイヴァ】に乗ったときより疲れた気がする。


 あの後、冬羽とわが謝らなかったのが、気に入らないとまではいわないが、まだ引っかかっている。

 間違いは誰にでもある。職場の上下関係もある。

 けれど、疑いをかけられただけでなく、無実が証明されたのに謝罪のひとこともないというのは、腑に落ちなかった。





 自宅のベッドに倒れ込んで放心していると、着信音が鳴った。のろのろと手を伸ばし、タップする。

『おー、お兄。ひさしぶりー』

小日向こひなか。ひさしぶり」

 嫁にいった妹からだった。


『就職したんだって? お母さんから聞いたよ』

「ああ、うん。まあな」

『一応、おめでとうっていっとく』

「一応ってなんだ。ありがとう」

『……職場、どう? うまくいってる?』

 気を遣えるようになった。

 小さいころは、一拓いったくの後ろにくっついてばかりいたのに。


「うーん……。

 上司がめんどくさい人でさ。なんか疲れるよ」

『そっか。まーそんなもんだよねー』

「まあ、いろいろあるさ」

『んだね。

 ……お兄、今度はちゃんと続けなよ』

 なるほど、メッセじゃなくてわざわざ電話してきたのはそれがいいたかったのか。

 母親みたいな口を聞くもんだ。


「まあ……なるようになるさ。心配すんな」

『うん。じゃあね』

「じゃあな」





 ――――――えーっと。はい。


「ロボットものだと思って読み始めたのに、最初だけで後はお仕事ものみたいになってんじゃねえか!!」とお怒りの読者諸君へ。


 おっしゃるとおりです。誠に申し訳ない。

 なかんずく、微エロ要素すらひさしくご無沙汰。

 平身低頭してお詫びする次第である。

 ここまで辛抱強くおつき合いくださったみなさまには真実、感謝しかない。


 何卒、いましばらくのご猶予を願います。次回は出てきますので!

 乞うご期待!





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