汗顔! 上司と部下、一夜の過ち?(5)

 ガンッ!

 後頭部を痛打され、一拓いったくは目を覚ました。


「っ……つうぅ……」

 痛む頭を押さえているところへ、上から声が降ってきた。


「早いな。だがこんなところで何をしている」

 ジャージ姿の冬羽とわだった。

 どうやら部屋の外で寝ていたら、彼女の開けたドアが当たったらしい。


 ――――昨夜、あの(幸運なアクシデントの)後。

 つぶれた女上司を引きずるように背負いながら、高恥研へたどり着いた。聞いたら素直に鍵を出してくれた。

 宿直室を探し当て、二段ベッドの下の段に寝かせた。

 しわになるといけないので、ジャケットは脱がせてハンガーにかけた。さすがにパンツには――ああ、ここでいうパンツは(以下略)――手をかけていない。そんなことをしたら事案です。

 で、鍵もかけずに冬羽とわをひとり残すことはできず、もちろん同衾どうきんするわけにもいかず、ここで寝ずの番をしていたわけだ。寝たけど。


 ところで、冬羽とわの発言と険しい表情から考えるに、彼女は昨夜のことを覚えていない(手がかり1)。

 その髪がしっとり、顔がさっぱりしていることから、ついさっきシャワーから上がったばかり(手がかり2)。


 ということは……扉一枚へだてた向こうで……シャワワワーっと……

(湯気が仕事をしています)

 ……じゃなくて。


 冬羽とわの視点に立って、想像してみよう。

 ひとときのシャワータイム、それはくつろぎといこいの時間。せめてゆっくりのんびり過ごしたいと思うのが人の心。

 必然、無防備で無警戒。

 それをいいことに、この卑劣漢は扉一枚へだてた向こうで聞き耳を……それどころか、いままさに忍び込もうと?!

 神の名においてなんじ罪あり!! YE GUILTYイェ・ギルティ!!


「ち、ちがいますよ! 僕はただ……」

 弁解なんかするとかえって怪しいぞ。

 案の定、冬羽とわはぷいっとそっぽを向く。

 スリッパの足音が遠ざかっていった。


 ……ちがうのに……。

 うなだれる一拓いったくだった。





 クウウゥ~……

 落ち込んでいても腹は減る。

 スマホを見ると、就業時間までだいぶ余裕があった。


 トイレで顔を洗って、廊下を歩いていたら、事務室の中から声をかけられた。

「まだいたのか。何をしている」

 不審者を見るような目だ。

 冬羽とわはいつの間にかスーツに着替えていた。


「ぁ……朝飯、買ってこようかと……」

「聞こえないぞ? 大きい声でいってくれ」

「ちょっと朝飯買ってきます。そうだ、部長もなにかいりますか?」

 邪険にあしらわれても、そこはそれなりの社会人経験。上役に気を遣うぐらいのことはできる。

 しかし、その上役は無慈悲に宣告した。


「火曜の夜九時から木曜の朝五時までの三二時間と、随時ずいじ指定する八時間。それがキミの勤務時間だ。

 用もないのにうろうろされても邪魔なだけだぞ。帰れ」


「えっ……」

「なんだ。聞いてないのか」

 聞いてないし、帰れといわれても困る。


 社畜たる読者諸君にとっては連続勤務こそ気になれど、むしろうらやましいことだろう。何しろ週の半分以上が休みなのだから。

 けれど、一拓いったくにとってはちがった。

 だって、せっかく再就職したのに家でゴロゴロ過ごしているばかりでは、家族に怪しまれて居場所がなくなるではないか。

 かといって、遊びに出かける気にもならない。ここは地元、いつどこで知り合いに見られるかわからないのだ。

 元同級生に「あいつ、昼間から公園でブランコに乗ってたぜ」などとうわさでもされてみろ。あっという間に広まって行き場所もなくなっちゃうんだぞ。

 平成のリストラされたお父さんかよ。


「なんとかなりませんかね」

 頼み込んだが、冬羽とわは顔をしかめて、

「ダメだ」の一点張り。

「そうですか……では、失礼します」

 一拓いったくはしょんぼりと肩を落とし、とぼとぼと出口へ。さてこれからどうやって時間をつぶそうか……

「待て」


「なんとかなりますかね?」

 期待に顔を輝かせてふり向いたら、


「私はサンドイッチを。種類は問わない。

 それとプリンだ」


 帰らせたいのか、たくないのか、どっちやねん。





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