汗顔! 上司と部下、一夜の過ち?(4)

「二次会いく人ぉー」

 店の外に出るや否や、なでこ先生がさっそく音頭を取る。永井と横山は参加する気満々だ。


「すいません、僕はもう……」

 一拓いったくが断ると、横山が小首をかしげてにっこり。

「じゃあ、冬羽とわさんを送っていってあげて?」


 冬羽とわは歩道の真ん中に仁王立ち、顔色は変わらないが体は振り子のようにバランスを取っている。

 目が、わっていた。

 大丈夫といったのは法的な意味で、肝臓機能ではなかったようだ。だいぶペースも早かったし、もしかするとアルコールは初めてなのかも。


(えぇ~……)

 正直、気が進まない。送り狼になるつもりも度胸もない。あるわけがない。


 それはそれとして、いやといえる状況ではないし、送るというなら家までだろう。

「場所、わからないんですが」

「【こうちけん】でいいと思います。いつもそこに寝泊りしてますから」

「えっ……そういえば、って何なんですか?」


 あー、と横山は手を打った。

「いってませんでしたね。ハイシャイ・ラボはHigh-Energy of ハイ・エナジー・オヴ・ Shyness Laboratoryシャイネス・ラボラトリーの略で、求人用につけたよそいきの名前なんです。

 わたしたちは高恥力こうちりょく研究所って呼んでます。略して、【高恥研こうちけん】」

「なるほど……」


 納得している間に、三人はさっさと二次会へ向かった。

 うまく丸め込まれてしまったらしい。一拓いったく冬羽とわとふたり、取り残された。





 高恥研までは距離があるが、一拓いったくは大通りの交差点でタクシーを降りた。料金は明日請求してやろう。


「部長、歩けますか?」

 体をゆらゆらさせながらも冬羽とわがこくんとうなずいたので、一拓いったくはほっとした。

 何しろ三〇センチ以上の身長差。

 寄りかかられたら、当たるのだ。顔に。豊満な胸が。


「じゃ、いきましょう」

 先に立って歩き出したが、ついてくる気配がない。

 ふり返ると、立ち止まったまま無言で片手を差し出している。


(えぇ~……?)

 しょうがなく、その手を取ってまた歩き始めた。





 造船所前の長い一本道に、街灯はほとんどなかった。

 思い出したようにヘッドライトがふたりを照らし、通り過ぎた。

 たとえわずかでも、車が通るということは人目にさらされるということだ。


 ――――守秘義務について念を押すとき、冬羽とわはいった。

『フェンスの通用口は使うな。今後はこのルートで出勤しろ』――――


 目印は、防風林の木立に隠れた小さな廃屋。

 永井のヤリスが駐めっぱなしになっていた。その脇を通って、奥へ。

 凸凹の地面を登り、木々を回り込んで下ると、舗装された急カーブに出る。車一台の幅しかない、狭い道だ。

 カーブを曲がらず、枝道(車道なのになぜか車止めのアーチが設置されている)へ進んで、低いトンネルをくぐる。ここを抜ければ、造船所の敷地内だ。


 トンネルの内部は足もとも見えないほど真っ暗だった。

 ただふたりの足音だけが、こだまする。

 スマホのライトを頼りに、中ほどまでさしかかったとき、背後で冬羽とわがいった。


「気になるのだろう? 私たちが何をしているのか」


 一拓いったくは飛び上がった。

「ちょ、こんなとこでおどかすのやめてくださいよ」


 冬羽とわは抗議を無視して、

「教えてやろう」

 ニヤッと笑い……天を仰いでやにわ絶叫!


「――――【敵】はカルト教団だ!!

 やつらは水曜日にやってくる!!」


(え、えぇ~……)

 酔ってんな?


 叫んでスッキリしたのか、女上司はそのまま一拓いったくにもたれかかった。

(……ちっ、近い……)

 近い。

 女上司は酒臭い息を吐きかけ、一拓いったくの髪をくしゃくしゃしながら、目の奥をのぞき込んだ。

 つい昨日、嵐の中で初めて出会ったときの、黒曜石のようなまなざしがふたたび。

 一拓いったくとらえた。


「……キミは私の部下だ。逃げるなよ」


 ズルリ……

 直後、あえなく轟沈。

 どさり。

 身長一五〇センチは身長一八四センチの下敷きに。

 ところが!


(えぇ~……///)

 一拓いったくのてのひらの上で、やわらかいものが押しつぶされる感触!

 これは、あくまで事故! うれしい事故!


 なのに、そろりそろりと引き抜く部下である。

 なってねえ! なってねえよ!

 見せてみろよ! ガッツをよ!





 ――――そう。

 実はこのとき一拓いったくは、知らぬ間になでこ先生のいっていた「秘密」に最も近づいていたのだが…………。


 続く!





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