汗顔! 上司と部下、一夜の過ち?(3)

「かんぱぁーい!」

 グラスを打ち鳴らす音。

 テーブルにはミミガー、もずく酢といったお通しが並んでいる。

 歓迎会の会場は、バーのような沖縄料理店だった。ほかに客はなく、貸し切り状態だ。


 乾杯の後、冬羽とわはあらためて初対面の女性従業員を紹介してくれた。

「こちらは、嘱託しょくたく医の運天撫子うんてん・なつこ先生」

「ドクターなでこだよ~。なでこ先生☆って呼んでねぇー」

 キラキラのネイルを見せびらかすようにひらひらさせたのは、編み込みブレイズヘアで顔立ちの濃い褐色系。


「ここ、なでこ先生おススメのお店なんですよ」

 横山がいうと、褐色の女医はうなずき、一拓いったくに皿を勧めた。

「だー、昆布の炒め物クーブイリチーおいしいよー。海ぶどうも頼もうねぇー」

 ダーって何、ロシア人? イントネーションもどこか奇妙だが、日本語を話せる外国人ならもっとふつうにしゃべる。


 冬羽とわがジンフィズに口をつけるのを見て、いまさらのように永井がたずねた。

「あれ? そういえば冬羽とわさんって、お酒大丈夫なんでしたっけ?」

「今年で二〇歳ハタチになりました」

 なんとまあ。たしかに若くは見えたが……。


 みな酒好きらしく、一拓いったくさかなに杯が進む。

 ――――前の仕事は? 大学の専攻は? 就職の動機は?

 歓迎会としては当たり障りのない話題だが、面接をやり直させられているようで落ち着かない。





 質問攻めがひと段落すると、隣の永井が笑顔でいった。

「女性ばっかりの職場だから、一拓いったくくんが入ってくれてうれしい」

 おや、どうもいい人っぽいぞ?

 ただ気になるのは、推定年下の永井が上からくるところ。まあ職場の先輩だし多少はね?


「ほかの人には聞きにくいことでも、遠慮なく質問してくれていいから」

 といわれると、そりゃあ聞きたいことはいくらでもある。


【敵】って、なに?

 外国の軍隊? 軍事テロリスト組織? それともまさかの宇宙人?

 そういうのと戦うなら、自衛隊じゃないの?


【ハイシャイ・ラボ】って、なに?

 この人たちはなんで戦ってるの? なんで秘密なの?

 なんで自分が採用されたの?


【恥力】って、なに?

 恥ずかしい感情から生み出されるエネルギー?

 それを二〇歳ハタチの女性からってどういうこと?


 ……けれど、どれもこれも突飛すぎて、どう聞けばいいのか。

 結局、「部長って二〇歳ハタチなんですね」と、どうでもいいことしかいえなかったのだが、

「なになに? 冬羽とわちゃんのこと、気になるねぇー?」

 と、なでこ先生が妙な方向から食いついてきた。


「いや、別にそういうのじゃ……」

「わかるさぁー。美人だし、いい子だからねぇー」

 そうか?


「だからちがいますって」

 苦笑いで否定したが、なでこ先生は訳知り顔でほのめかす。

「でも、冬羽とわちゃんには秘密があります」

「……?」


「ちょっと、なでこ先生、ダメですよ」と、いつの間にか興味津々、顔を寄せていた横山がたしなめると、

「でも秘密だから内緒さーね! なでこ先生は人の秘密をバラしたりしません」

 何が面白いのかケタケタ笑う。

 酔ってんな……。


「まあ、上司が年下ってやりにくいと思うけど、いろいろがんばってる人だから」

 と、永井がフォローを入れてうまくまとめた。


(………………)

 こっそり上目遣いで見ると、冬羽とわは興味なさそうにグラスを傾けていた。

 とりあえず、いまのやりとりは聞かれていないようだった。





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