汗顔! 上司と部下、一夜の過ち?(2)

 それから間もなく、一拓いったくもハイシャイ・ラボに到着した。

 待っていたのは、冬羽とわ、永井、横山、ほかに女性が一名。

「全員そろいましたね。では出発しましょう」

 冬羽とわの号令で、一同は大きな道まで出てから、タクシーに分乗した。


 同乗の冬羽とわは、運転手に行き先を指示しただけでまったくの無言。一拓いったくも自然と、車に揺られながら回想の続きにひたった。





 ――――コントロールルームに案内されると、時期はずれのストーブが出迎えてくれた。濡れた服も干されていた。

 ふつうに、部屋だ。壁を謎メーターが埋めつくしてもいないし、巨大なテーブルが立体映像を映し出してもいないし、信じられない高さの吹き抜けでもないし、そこをアームで支えられた座席がいったりきたりもしていない。


 船渠ドックに隣接するこの建物は、造船所のものをそのまま転用しているようだった。掃除はされているが、古くさくてくたびれていて、最先端の小じゃれた雰囲気からはほど遠い。


「どうぞ」と横山が差し出したのは、湯気の上る紙コップ。

 受け取ったインスタントコーヒーをすすっていると、永井が唐突に話題を振ってきた。

一拓いったくくん、人間の関節にはどんな種類があるか知ってる?」


「えっ……?」

「機能的分類では一軸性、二軸性、多軸性の三種類だけど、形状で見れば肘などの蝶番ちょうつがい関節、肩などの球関節、股関節の臼状きゅうじょう関節、ほかにも車軸しゃじく関節、あん関節……」


 こいつ、イケメンのくせして関節ジョイントフェチか。

 一拓いったくも、「はぁ……」となま返事しかできないが、永井はかまわず続けた。


「【ゴダイヴァ】はこれらの可動域をほぼ完全に再現しているんだ。つまり、人間とまったく同じ動きができるってことだよ。

 ラジオ体操なんて序の口。あぐら、正座はもちろん、上半身をつけての体前屈、ヨガの背中での合掌リバースナマステ、バック宙やヒップホップのステップだって余裕さ。

 サイズの合うスケート靴さえあれば、ビールマン・スピンもね」

「その前に氷が割れると思いますけどね」と横山。笑顔がかわいい。

「へぇえ~」一拓いったくも釣られて感心する。

「でも、どうしてそんなすごいロボットがここに?」


 横山が答えた。

「近くの高台にショッピングモールがあるでしょう? あそこにテーマパークが建つ予定だったのは知ってます?」

「聞いたことはあります」

「【ゴダイヴァ】はそこのアトラクションとして造られたんです。

 でも、テーマパークの計画自体が白紙になってしまって、うちが【ゴダイヴァ】を引き取ったんです」


「ところで」とふたたび永井。

「完成してからわかったんだが、【ゴダイヴァ】を動かすのに必要なエネルギーは、事前の見積もりを大幅に超過していた」

 そこは完成する前に気づいてほしかった。

「……なにしろ立っているだけでもかなりの電力を消費するからね。固定アトラクションならケーブルで供給すればいいが、自立状態スタンド・アローンだとそうもいかない。

 それを解決するために搭載されたのが、【恥力ちりょくジェネレータ】だ」

「ちりょく……?」

「恥の力だよ。実際には感情全般が動力源となり得るが、恥の感情がいちばん効率的らしい」

 横山が割って入った。「アニメとかでよくあるでしょう。感情が高まると変身できたり能力が使えたり、強くなったりするやつですよ。負の感情にとらわれて闇落ちしちゃう、みたいな」

 それってダメな例なのでは。


「恥ですか……。もっと、愛とか勇気のほうが絶対いいと思うんですけど」

 ごもっとも。





 ――――現実に戻ればタクシーの車内。

 ルームミラーに映る助手席の冬羽とわは、物思いにふけるように目を閉じていた。

 目的地に着くまで、一拓いったく冬羽とわの間に会話はないままだった。





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