汗顔! 上司と部下、一夜の過ち?(1)

 明けて、翌日。

 歓迎会だけなので、夕方から出てこいといわれた。

 海岸線沿いのゆるやかなカーブには、昨日とちがって車が行きっている。横目に一拓いったくも自転車をこぐ。

 台風一過とはよくいったもので、日は傾きつつあったが雲ひとつない快晴だった。だからといって、決して心まで晴れやかなわけではない。


(やっぱ、あれはないな……)


 思い出すのは、船渠ドックで見上げた【ゴダイヴァ】の姿。

 一拓いったくの日常を破壊した、昨日のできごと。

 巨大ロボットに痴女(?)と同乗し、謎の敵ロボットと戦闘し、わけのわからないままに撃破した――――。

 それが、新しい仕事なのである。


 無職で引きこもっていた半年の間に世の中が変わったのか?

(……それはないな)


 さらに、守秘義務についても念を押された。

 巨大ロボットなんて見なかった、いいね?

 いいからとにかく黙ってろ、ということだ。

 怪しすぎるしヤバすぎる。

 あんな目立つシロモノをオープンエアで動かしといて、守秘義務もあるか。


 ただ、台風で人通りがなかったせいか、昨日のできごとはまったく話題になっていなかった。

 家族の間でも、テレビのニュースでも、SNSでも、動画サイトでも。


(うん、ない。ないわ)

 しかし一拓いったくはこうして職場へ向かっている。


 ――――敵ロボットを倒した後。


「【ゴダイヴァ】からコントロール。これより破壊されたロボットを回収します」

 冬羽とわは、【ゴダイヴァ】を


 えっ?

 自動操縦じゃなかったの?


 聞くのがためらわれたのは、彼女の真剣な表情のせいだ。

 真剣? いや、悲痛というべきかもしれない。

 それは「私は【ゴダイヴァ】のガソリンなんだ」ということばと何か関係があるのだろうか?


 巨大ロボットなどより、その面持ちのほうが一拓いったくは気になっていた。





 思い出しながら信号待ちをしていると、

一拓いったくさあーん」

 車道から名前を呼ばれた。恥ずかしいからそんな大声出さないで。

 見れば、グリーンのヤリスの助手席で女性が手を振っている。


(あれは、昨日の……)


 船渠ドックへ戻ってから紹介された、その中のひとりだ。

 その日出勤している全従業員ということだったが、彼女のほかには男性がひとりだけ。ヤリスはその男性が運転しているらしい。

 たしか、ふたりとも眼鏡に白衣で――――


『横山みづきです。「つ」に点々です』

 女性のほうは、おっとりぽわぽわ系。丸眼鏡と地味目のメイクで幼く見えるが、二〇台半ばくらいか? 髪はてっぺんでしまリン巻き。

『永井力学りきがくです。「なが」は永遠の永』

 男性のほうは、細身のイケメン。後ろで束ねた茶髪、細いスクエア型の眼鏡。横山から「先輩」と呼ばれていた。

 横山も永井も、【ゴダイヴァ】のプログラミング担当という話だったはずだ。


 ――――大丈夫。何とか思い出せた。


「あ、どーも」

 微妙な会釈えしゃくでその場をやり過ごす(ヤリスだけに)つもりだったのだが、

にいくんですかぁ?」と、横山。


「……高知県?」

 なぜに土佐ぜよ?

 近いのか? 日本の夜明けが。

「あ、っていうのはぁー」

 いいかけたところで後ろの車にクラクションを鳴らされ、ヤリスはすべるように走り出した。

 信号が青になったので。





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