多辱! 嵐の中の初出撃!(3)

 一拓いったくは狭く薄暗い空間で目を覚ました。


(……ここは、いったい……)


 顔を照らす正面の壁は、どうやらディスプレイらしい。いくつかに分割され、外界の状況を映し出しているようだが、台風のせいか不鮮明だった。ほかにも小さな別ウィンドウに、グラフや妙な図形が表示されていた。


(ん?)

 二の腕に、やわらかい何かが触れている。

 ふとそちらを見て、

「うわぁおぅ!」

 反射的に体を離そうとしたが、三点式シートベルトに引き戻された。

 隣ゼロ距離に座っているのは、例の長身女上司。


 髪はほどき、ジャケットを脱ぎ、白いワイシャツは第二ボタンまでがはずれている。

 それどころか、濡れた布地が肌に貼りついて、急角度でせり出すまろやかな斜面と、そこを包む……ブ……ラ……(唾を飲む音)が、くっきりと透けているではないか。

 ちなみに、黒である!

「ぶっへ」変な声が出た。

 大あわてでそらした視線の先には……やわらかそうな、ふ・と・も・も!

 パンツは、――ああ、ここでいうのはつまりスーツのパンツであって下着のパンツじゃないよ、いわゆるスラックス、またはズボンともいうね――、脱いでしまったらしい。これ以上凝視したらワイシャツのすそから、それこそ下着のパンツが見えてしまうぞ!

 名残は惜しいが、下心を見透かされるのも恥ずかしく、一拓いったく、顔を上げる。

 目が合った。


(……そうだ、波に飲まれたんだった。てことはこの人が助けてくれたのか)


「起きたか。無事のようだな」

 ぶしつけな視線をとがめるでもなく、かといって心配そうにも見えなかったが、彼女はとにかく声をかけてくれた。

「あの……あなたこそ、カゼひきますよ」

 壁側を向きながらいうと、女上司は「キミこそな」と答える。

「え……うおっあ!」

 一拓いったくは上半身裸で、腰にバスタオルを巻いただけの格好だった。

 にもかかわらず、彼女は毛ほども動じたようすを見せない。

「だいじょうぶだ。すぐに済む。楽にして何もかも私に任せるがいい」


 いやその、えーっと、それは、どういう……?

 トキメキ、もとい困惑する一拓いったくをよそに、室内のどこかにあるスピーカーから別の女性の声がした。


『コントロールより【ゴダイヴァ】。はどうですか?』

 女上司は軽く見上げて応答。

「点灯しています」


 掛時計のありそうな位置に、ほの明るいピンクの光。

 エンブレムかシンボルのような半球だ。交差するいくつもの直線が意味ありげな幾何学図形を描いていた。

 目盛りもついていないそれを、なぜ「規準器ゲージ」と呼ぶのかは謎である。


『了解です。じゃあ、クレーン巻き上げますね。シートベルトはちゃんとしてますか?』

「しています。私も、同乗者も」


 続いて、交信は男性の声に替わった。なかなかのイケボだ。

『くどいようですが、仕様上の稼働時間には期待できません。大きい動きをすればバッテリーは急激に消耗します。

 できるだけ、状態を維持してください』

「わかりました」

『緊急脱出の操作は大丈夫ですね?』

「はい」

『オーケー。では……いってらっしゃい。気をつけて』

「いってきます」

 緊張感をはらみつつも淡々と交信は終了し、部屋がエレベータのようにゆっくりと上昇し始めた。


 会話に置いてけぼりの一拓いったく、途方に暮れた表情だ。

「何なんですか? ここはどこなんですか?」

「私たちは【ゴダイヴァ】の中にいる」

「……いまから、いったい何が始まるんですか」

 質問というより、抑えきれない不安の声に、女上司は同じことばをくり返した。

「キミは私を恥ずかしがらせてくれればそれでいい。あとは私に……いや、【ゴダイヴァ】にすべて任せろ」





 しかしこれでは何が起こっているのかさっぱりだ。いや賢明なる読者諸君のこと、とっくにお察しと存じまするが、念のため外部視点に切り替えよう。


 ――――場所は、船渠ドックを転用した格納庫ハンガー

 一拓いったくたちの乗る巨大ロボット、【ゴダイヴァ】は仮設の台座に腰かけていた。

 腋下えきかや腰回りに取りつけられた巨大な治具じぐを介して、クレーンで吊っている。これは主に安定性の確保と、床面に掛かる荷重軽減のためで、副次的にバッテリーの節約にも役立っている。

 クレーンの鎖はゆっくりと巻き上げられつつあった。


 さて、気になる【ゴダイヴァ】の外観だが――――。


 まず、女性型である。

 汎用人型決戦兵器めいて、すらっとしたプロポーション。腰は膝までのスカート状装甲でおおわれている。


 カラーリングは全体的に黒で、ところどころに白い部分。

 まるで喪服もふくからのぞく肌のようななまめかしさ……までいっちゃうといささかフェチが過ぎるだろうか。マジンガー系のツートーン、あたりにとどめておいたほうが健全そうだ。


 もうひとつ。

 もちろん、いわゆる「口(くちびる)のあるロボット」かどうか。

 これは決して軽々けいけいに看過できぬ、重要な問題なのである。

 匹敵する例としては、唐揚げにレモンをかけるのかかけないのか。あるいはチョコ系スナックを選ぶ場面で、きのこ形クラッカーとたけのこ形クッキー、いずれが正しいのか。よろしいならば戦争だ。


 話、戻しますね。


 しかし残念ながら(なのかどうなのか)、【ゴダイヴァ】の顔は大部分が黒いバイザーに隠されていて、見えない。

 あたかも、未亡人のヴェールのようだった。


 ここでさらにカメラが切り替わる。





 ――――【敵】が海からやってくるのは『ゴジラ』以来の伝統だ。

 正体不明の巨大存在が姿を現したのは湾内、【ゴダイヴァ】からわずか一キロメートルの位置。

 その両眼あたりが、ギン! と光ったところで、次回へ続く。





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