多辱! 嵐の中の初出撃!(2)

(………………でっ……か……)


 第一印象is身長。

 小柄な一拓いったくだから、女性と並んでも目線の高さはたいてい変わらない。多少は見上げることもある。

 しかしこの女、優に三〇センチは上だった。さすがの一拓いったくもここまでの身長差は初めてだ。

 すらりとした肢体を包むパンツスーツも、後ろで束ねたストレートの長い黒髪も、風になぶられ、雨に濡れていた。


 第二印象is胸。

 濃灰色のジャケットと白いブラウスを不謹慎なまでに押し上げている、おそらく砲弾型と推測されるそれ、いや、それらは、金網越しとはいえほぼ眼前で、厳然と、睥睨へいげいするがごとく、一拓いったくを威圧していた。


 第三印象is目。

 顔立ちは、全体に直線的ではあるものの、整っている。くっきりと黒い睫毛まつげにふちどられた大きな目は、愛らしく魅力的になってもいいはずだ。なるべきだ。

 しかし彼女の場合は三角に吊り上がって、一拓いったくをにらみつけている。

 いい換えれば、わっていた。


 豪雨、暴風、高波、気圧、オゾンの匂い。

 嵐には、人を酔わせる何かがある。

 きっと、一拓いったくも嵐に酔ったにちがいない。

 その目は、彼女の黒曜石のような双眸そうぼうに吸いつけられて、離すことができなかった。





「遅いぞ!」

 長身女は金網にかかった南京錠をはずした。

 なんだ、目の前じゃん。

 といっても、やっぱり看板も表札も出ていない。

「ついてこい」

 いわれるまま、速足の後ろ姿を追う。歩幅もちがうから、一拓いったくは小走りだ。

 と、なにやらぶつぶつつぶやくのが聞こえた。

「まったく……どうして私を面接に呼ばなかったんだ……」


 たしかに、面接では顔を見なかった。というか、会っていたら忘れるわけがない。

 察するに、彼女は一拓いったくの上司なのだ。ふつうなら直接の上司は面接に出席するものだから、ハブられたことに不満をこぼしているのだろう。


(……この人の下で働くのか……)

 酔いが覚めたように、一拓いったくの表情は暗くなった。





 だだっ広い敷地には、ところどころ建造物や構造物が残っていた。地面をおおうコンクリはひびが入り、隙間から雑草が伸び放題だった。

 引き締まったお尻を小気味よく振り(誘惑とか挑発とかではなく大股で歩いているからです。パン線は心の目で見てください)、長い黒髪を強風に躍らせ、長身女は建物ともつかない巨大な壁へ向かっていく。


 近寄ると、壁に見えたのは工事現場で使う灰色のシートだった。

 幅は百メートルほど、高さも数十メートルはありそうだ。どうやら、道路側への目隠しらしい。

 シートの向こうに踏み入って、一拓いったくは思わず声を上げた。


「うわ…………」


 足もとで、地面は切り落とされたようになくなっていた。

 落下防止の柵こそあるが、コンクリートの底は十数メートルも下。

 何百メートルも続く絶壁をまたぐように、ガントリークレーンがそびえていた。


 船渠ドックだ。

 うちてられた造船所の中で、この船渠ドックだけは生きている。そう感じられた。


 長身女はかかとを鳴らし、鉄製の階段を降りていく。

 底まで降りると、ためらいのない足どりで、海のほうへ。

 そこに鎮座する、機械にしては巨大すぎる存在。

 逆光でシルエットしか見えない。


「あの…………」

 一拓いったくが声をかけると、長身女はようやくこちらをふり向いた。


「いまここで、部下であるキミに、上司として最初の指示を下す」

 決断的な表情。

 そして、りんとした声音で告げた。


「これから、私に恥ずかしい思いをさせてもらいたい!!」


 ドッッ……パアアァァ……ンンッッ!!


 そのとき、高波が轟音を立てて船渠ドックへ押し寄せ、ふたりの頭上へおおいかぶさった!





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