恥じらえ! 美闘機ゴダイヴァ!

桑昌実

前編

多辱! 嵐の中の初出撃!(1)

 恥の多い人生を送ってきました。


 破風原一拓はふはら・いったく、三二歳。

 身長かっきり一五〇センチ。一の位を四捨五入しても切り上げても、一五〇台。

 小柄な体格と中性的な童顔のせいで高校生、ときには中学生に間違われるのが恥ずかしい。


 破風原一拓はふはら・いったく、変わった苗字だ。

 自己紹介のたびに、そういわれる。発音しにくい、とクレームをいただくのも毎度のこと。彼のせいではないのだが。

 名前呼びに落ち着くまで、さんざん連呼されるのが恥ずかしい。


 破風原一拓はふはら・いったく、昨日までは無職だった。

 なってみてわかったが、この年で無職はやはり恥ずかしい。

 地元を出て八年勤めた職場を、辞めた理由がこれまた恥ずかしい。

 後輩の女性社員に失恋したのである。告白する前だったのがせめてもの救い。


 告白といえば、思い出すのは高校時代。

 同級生に告白ドッキリを仕掛けられた。

 ネタバレされるまで本気にして、有頂天になったり未来予想図を描いたり。

 仕掛けた相手とはもう疎遠だが、あれはいまだにひどいと思っている。その割に不登校にもならなかったので、案外図太いところがあるのかもしれない。





 昨日までは無職、ということは、今日からは働くわけで、初出勤。

 その初出勤の職場を、一拓いったくは探していた。ビニール傘を片手に、ママチャリを押しながら。

 時は、季節はずれの大型台風が上陸しようという五月の水曜日。

 場所は、無二江ぶにえ湾にのぞむ道路。


 無二江市はかつて、重工業で栄えた街だ。

 いまではすっかりさびれ、特筆するなにものもないが、湾に近い高台には大きなショッピングモールがある。隣の県からも買い物客が訪れる程度には、繁盛してるっちゃしてる。


 地元の人間なら誰でも知っていることだが、ショッピングモールができる前、そこはテーマパークの建設予定地だった。

 目玉に予定されていたアトラクションが巨大ロボットだったことも皆、うわさに聞いていた。

 けれど予定が白紙になってひさしい今日、思い出す者は誰もいない――――。





(なんでこんな日に出勤?

 新任研修なんて一日くらいばしても問題ないんじゃ……)


 台風のせいか、まっすぐな片側一車線道路には、通勤時間帯だというのに一台の車も走っていなかった。


(……このあたりのはずなんだけど)


 手にした案内図は、大部分が空白同然。その一角に矢印つきで【ハイシャイ・ラボ】と書いてあるが、そんな看板は見当たらなかった。

 見当たるはずもない。

 海に面した側は、見渡すかぎりフェンスで仕切られている。

 造船所跡地なのである。

 陸側には、同じ距離だけ続く防風林と空地。いってしまえば、何も存在しないエリアなのだ。


(やっぱり怪しいな。帰るか……?)

 しかし、ここで彼に引き返してもらっては物語が進まない。


 さて物語を進めるべく、唐突に鳴る着信音。

 ファンブルしながら携帯を引っぱり出したはいいが、その拍子に自転車は倒れ、案内図とビニール傘が飛んでいった。

 あわてて電話に出た途端、


『いま、どこにいる!』


 女性の声。すごい剣幕だ。


「えっ……えっと」

『は、はうふぁ……は、ふ、はら、一拓だな?』


 女性はみ噛みしながら一拓いったくの名を呼んだ。初対面のお約束だ。

 それにしても、相手の素性を確認する前に居場所をたずねるとは何というか、つよつよがすぎないか。自分は名乗りさえしていないのに。


「は、はい、そうです」

 圧に押されて返事をすると、女性はまたくり返した。

『いま、どこにいる?』

「え……と、造船所の前です」

『それじゃわからん! 近くにはきているんだな? 何が見える?!』

「えっ…………」


 見えるものといえば低く垂れ込めた雲、荒れ狂う黒い海、砕ける白い波頭、果てしなく続く金網。

 百メートル、いや一キロ進んでも戻っても変わらない。目印などあるものか。

 返事がないのでごうを煮やしたのか、女性は不機嫌そうな声で命じた。


『とにかく、そこを動くな。じっとしていろ。こっちで見つける。いいか、動くなよ…………あ、いた』


 ふり返ると、金網の向こうに声の女性が立っていた。





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