肉機
Zarvsova(ザルソバ)
肉機
近所の商店街に店主のおじいさんが一人で切り盛りしているらしい総菜屋が新しくオープンした。
唐揚げは6個で100円。ハンバーグは2個で100円肉団子は容器に詰め放題で100円。ありえない安さだけでなく、味もしっかりしていると評判になったその店は瞬く間に朝から晩まで行列のできるほど大人気になった。
しかし不思議なのは、総菜に使われているのが何の肉か分からなかいことだ。
私も実際に食べてみて驚いた。これまで食べたどんな物より美味しいと言っても過言ではない。鶏でも豚でも牛でもなければジビエのような独特の味でもないのだが、そのちょうどいい肉の柔らかさと脂の乗り方はあらゆる種類の食肉のいいとこどりをしたようで、美味いものを食べた満足感と同時に、まるでそれが人間が食べるために遺伝子レベルでデザインされたような都合の良すぎるものであることに奇妙さを感じてしまった。
そういえばお品書きに「唐揚げ」や「ハンバーグ」とはあるが何の肉かは一言も記載されていない。
その肉と値段については、あるサイトでB級ネットニュースとして取り上げられて後に各メディアでちょっとした話題になったが、店主である老人は頑として取材を拒否したためSNSでは様々な憶測を呼んだ。
ミミズ肉説や人肉説が広がる中、いやミミズや人ではあの値段は無理だ、では債務者や外国人がタダで働かせられてついでに材料にされているのだと議論は明後日の方向に脱線した。関西方面からも直ちに優秀な探偵が派遣されたが真相は追及できなかったらしい。
人の噂も七十五日と言う諺もあるが現代社会の話題の消費スピードは速い。
数週間もすると近所の住人以外はこの店のことは忘れてしまったし、近所の人たちはこの店の味と値段が忘れられなくて何も気にせず通い続けた。
ある日、私はいつものようにその総菜屋で買い物をしていた。
閉店間際の深夜だったからか店内には私と、レジに立つ店主の二人だけだった。
……はずなのだが。
ピー!ピー!と突然ブザーの音が店内に響き渡る。
キッチンタイマーとは明らかに違う、緊急事態を知らせる警報音。
続いて「たいへんだー!」という甲高い声と、それを聞いて店の奥に走る店主。
一体何が起こっているというのだ。
何が起こっているのか知りたい気持ちと、きっと何が起こっているか知ってはいけないだろうという予感が胸の中で交錯する。
私が商品を選ぶ手を止めて店主が入っていったドアを見つめていると
「お客さん、すまない!手伝ってくれないか!」
突然ドアを開け、そこから顔だけ出した店主が慌てた様子で言った。店内を見回しても相変わらず客は私しかいない。ということは。
「そう、あなた!緊急なんだ!すまない!」考える間もなく私はドアの向こうに踏み込んだ。
ドアを抜けた先は普通の厨房だった。コンロやフライヤー、いくつかの調理台が並ぶいたって普通の。ただ一つだけ特殊なのは、厨房の真ん中に巨大な機械が鎮座し、赤く光りながら煙をごうごうと吐き、その周りでは数体のぬいぐるのような何かが対処が分からないといった様子で「どうしよーどうしよー」と言いながら右往左往していることだ。
「すまないお客さん、そこのレバーを思いっきり左に倒してくれないか!」
「は、はい!」
言われるまま私は目の前にあった床から生えている1メートルほどあるレバーを握り、全体重をかけて傾けた。
「よし、温度が下がった!」
店主は言いながら尚も煙を吐き続ける機械に、御札のような白い物体をペタペタと何枚も貼り付けていく。
私には機械の放つ光がやや弱くなったように見えた。
「レバーの取っ手のスイッチを押してくれ!」機械を眺めていた私は店主の一言で我に返り、言われた通り赤いスイッチを親指で押し込む。すると機械は煙を吐くのを止め、光も淡くなった。
「いやーこの肉機も使って長いからな。すっかりガタがきてしまった」
店主は胸を撫で下ろす。
「あ、あのすみません」
私は思わず話しかける。
「肉機とはこの機械のことでしょうか」
「ん?ああ、そうだよ。そうか、あなた見たところ平成生まれかな。だったら肉機を知らんのも無理はない。この機械から肉が出てくるんだ」
私は図らずとも肉の謎に近付いたようだった。謎が増えたような気もするが。
「この機械でお店で使う肉を作っているんですか?」
「肉を作るというか、肉が出てくる機械だよ」
店主の回答はまったく要領を得ない。それとも本当に私がこの仕組みを知らないだけで、上の世代には常識なのだろうか。
「ええと、ではお店の肉は材料があって、それを肉機で混ぜてるってことでしょうか」
なんとか肉機について解釈しようとしている私の言葉に店主は笑う。
「はっはっは。そういう悪徳業者もいるかもしれないけどね、うちは100%肉の素を使ってるよ。肉の素と肉機だけの純粋な肉だよ」
新しいワードが出てきてしまった。
「ええと、肉の素って何でしょう」
「肉機に入れると肉になるんだよ」
「材料ってことですか?」
「いや、肉の素は肉の素だね」
「肉の素から肉を作ってるってことですよね?」
「肉の素を入れると肉機から肉が出てくるだけで、作ってるわけではないね」
一瞬の沈黙。
「そうだ、せっかく手伝ってくれたからお礼をしないと」
店主は会話を切り上げるように言うと、調理台のボウルに山盛りにしてラップ掛けしてあった唐揚げを差し出した。
「ごめんね、惣菜屋だからこんなお礼しかできなくて」
「いえ、滅相もないです。ここの唐揚げ大好きなので」
「はっはっは。嬉しいね。まだワシも肉機もがんばらないとな」
その後すぐに「申し訳ないけど従業員以外を長居させられないので」と厨房からは退出することになり、唐揚げのお礼を言って店を出た。
店から一歩踏み出すと、さっきの出来事が夢か幻であったかのように商店街はいつも通りだ。いくつもの看板のLEDが灯り、ドラッグストアのスピーカーは今日がポイント3倍デーであることを何度も何度も訴えて、そして惣菜屋も……と思った瞬間、私の足元が暗くなった。惣菜屋の灯りが消えたのだ。
振り向くと、先程までそこにあったはずの店は建物ごと無くなっていた。
「あっ……」私は大事なことに気が付いた。
「ぬいぐるみのこと聞き忘れた……」
肉機 Zarvsova(ザルソバ) @Zarvsova
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