第2話




 「こ・・・・・・これ・・・・・どういうこと?」

 依頼内容が書かれた紙を片手に、この依頼を受け持つことになった私、龍蘭華(たつらんか)はその問題のビルをどうにかするために問題のビルまでやって来たが、問題のビルを見た瞬間、信じられない光景を目の当たりにし、言葉を失った。

 「それ、誰に聞いてんだよ。俺か?それともこいつか?こいつか?それともそいつなのか?あいつなのか?」

 「え・・・・あ・・・・だれって・・・・・」

 私の後ろに五人の男性が立っている。

 五人の男性はいつも私が受け持った依頼の手伝いをしてくれる。私が手伝ってと言ったわけではなく、勝手についてくる。

 まぁ、邪魔をするわけではないので、私は何も言わない。むしろ、いてくれて助かっている。

 「珍しく動揺していますね。大丈夫ですか蘭華」

 一度依頼を受け持ったからには引き返す事など許されるはずがないのだが、もし許されるなら今すぐこの場から引き返したかった。

 「なんだよ・・・・つまんねー・・・・」

 一人の男性はつまらなさそうに不貞腐れていた。

 いつもの私ならこんなことまずない。いつもの私ならどんな依頼でも平然とこなし、この男性に何かを言われても言い返しているけれど、今の私はそれどころではなかった。

 「やるしか・・・・ないよね?」

 「そうですね。これは貴方しか出来ませんよ、蘭華」

 多分この依頼は私にしか解決できない。だから私に回ってきたのだろう。

 「あつい・・・・・かな?」

 「たぶん・・・・・いえ、とてつもなく暑いでしょうこの中は・・・・どういたします?」

 どうすると聞かれても入るしかなかった。でも、入りたくなかった。

 ビルからおびただしいほどの熱気が外にあふれ出ている。生身の人間ではその熱気に触れるだけで一瞬にして体が燃え上がり焼け死んでしまうだろう。

 まだ、ビルの中に入っていないというのに、灼熱の砂漠にいるような暑さを感じる。きっとビルの中に入ると、何千何万度といった計り知れない温度ではないかと思う。

 そんな中に肝試しだとかいって遊び半分でビルの中に入れば焼け死ぬどころか骨すら残らないと思う。

 それなのに、ビルの前で肝試しに来た人達の焼死体が発見されるのはおかしい。こんなことありえるはずがない。

 ただでさえ、こんな状況になること事態ありえるはずがない。

 何かが大きく関与していると思う。

 ここに来るまで、まるで私たちが来る事を阻止しようとするものが多くいた。

 すごく嫌か予感がする。これが的中しなければ良いと思うけど、多分的中するだろう、高確率で。

 「さてと・・・・・・」

 いつまでも動揺などしていられない。

 状況が状況なので解決するのに時間が掛かるかもしれないけど、これは私にしかできない事。私がしなければ誰もすることが出来ないと自分に言い聞かせ、気合を入れるため、両手で顔を叩いた。

 「こうちゃん、光ちゃん、しろちゃん!屋上からお願いしても良い?私と夜光ちゃんと黒曜で下から順に調べていくわ!」

 こうちゃん、ひかりちゃん、しろちゃん、夜光ちゃん、黒曜。これがこの五人の名前。

 本当はちゃんとした名前があるのだけど、ちゃんとした名前でみんなの事を呼ぶと何だか皆を縛り付けているような感じがして好きじゃない。

 でも、黒曜はそのまま。黒曜はバカだし、めんどうくさがりだし、口も物凄く悪く捻くれ者。私が何を言っても聞こうとせず、すぐ突っかかってくる。そのくせ私の側を離れようとはしない。

 私が皆の事をちゃん付けで呼んでいたら、気持ち悪いとか言ってくるけど、皆は私にちゃん付けで呼ばれても、私が言いたいように言ったら良いといってくれるので私が呼びやすいようにしているだけの事。

 「ようやくいつもの蘭華の顔に戻りましたね。分かりましたが、私達が屋上に行く前にやることがあるでしょう?」

 五人のリーダー役的な感じの光ちゃん。すっごく優しくて、すっごくかっこいい。もちろん他の人達も光ちゃんに負けないくらいかっこいいし、やさしい。

約一名を除いて。

 「あっ、そうだった、そうだった!えーっと・・・・・あれ?何するんだっけ?」

 「よしっ・・・・それでこそおまえだな!」

 「うるさいわね、バカ黒曜!ちょっととぼけただけでしょ!」

 パチンと指を慣らし嬉しそうに喜んで言う黒曜。黒曜のこういうことが気に入らなくて、すぐ黒曜にバカだと言って反論してしまうが、これがいつもの私。ようやくいつもの私に戻ったという感じがする。

 黒曜も黙ってさえいればかっこいいと思うのに、黙っている事などまずない。優しい所もあったりするけど、黒曜の優しさは、皆の優しさとはまったく違う。だから馬鹿なんだ、大馬鹿者だ。

 「夜光ちゃん、私のリュックの中から水の入ったペットボトル取ってもらっても良いかな?」

 基本口数が極端に少なく、表情の変化もあまりない夜行ちゃん。ある程度なら口に出さなくても行動などで言いたいことは分かるけれど、言葉に出さなければ分からないことも多々ある。その時は五人いる誰かが夜光ちゃんの言いたいことが手に取るように分かるので通訳をしてくれるので助かっている。

 夜光ちゃんから水の入ったペットボトルを受け取った私は、キャップを開け、その水を飲むのではなく、体に振りかけ瞬時に印を組み水で作り上げた結界を自分に纏わせた。

 皆は私みたいに結界を纏わなくてもこの暑さから身を守る事が出来るのだけど、私はそうはいかない。状況に応じて使う結界のタイプは異なるけど、今回は水を使った結界でなければ身は守れない。

 「これで・・・いい?」

 確かめるように皆に聞いた。

 別に皆に確かめてもらわなくても、自分の身を守る事の出来ないような結界など作り出さない。何事も完璧とはいかないけれど、こればかりは完璧でなければならない。

 「結界、何重にしていますか?」

 「うんと・・・三重かな?これだけ張っていれば大丈夫でしょ?」

 「もう一重ほしいところですが、まぁいいでしょう」

 この暑さは異常すぎるほど異常だ。

 普通結界を張るのに、よほどのことがない限り何重にも張らない。一重(一枚)だけでも十分身を守る事が出来るけど、この暑さから身を守るには一重では無理だと私は判断し、二重で大丈夫だとは思うけど、念のためにと思いもう一重結界を張った。

 今まで自分自身に結界を張って纏わせる事は何度もあったけど、こんな厳重に張った結界を纏ったのは始めてかもしれない。

 「さぁ、光ちゃんのオッケーも貰ったし、中に入りますか?ビルの中に入らないと何もできないしね?」

 そう言って私たちはビルの中に入った。

 「あ・・・あつい・・・・」

 結界を纏っているためこの異常な暑さから身は十分守れている。

 それなのに私が暑がっているのはこれが本来の暑さで、まだ本格的になっていないとはいえ、今の季節は夏。

 幾らなんでも自然の暑さからは結界で身を守る事は出来ない。できない事もないけど、それはしない。

 「水分はちゃんとマメに取ってくださいね?私が見ていないと貴方はまったく水分を取ろうとはしないのですから・・・・夜光、蘭華の事を頼みましたよ」

 本当は私についていたかったのかも知れないけど、光ちゃんは夜光ちゃんに私の事を頼んでから、しろちゃんとこうちゃんを引き連れて姿を消した。

 「心配性だね光ちゃんも・・・・さて、私たちも行こうかってあれ?夜光ちゃん黒曜は?」

 三人を見送ってから私たちも活動を開始しようと思い振り向いたら、さっきまで私のすぐ側にいたはずの黒曜の姿が何処にもなかった。

 きっとめんどくさがりの黒曜の事だから、めんどくさいと思い姿を晦ませたのだろうけど、私はそんな事をさせるはずがない。

 「何処にいても無駄なのは知っているでしょ?さっさと姿を現しなさい!黒曜!」

 私が叫んでようやく姿を現したけれど、頭をボリボリ掻きながら、嫌そうな顔で出てきた。

 「何をしているの、あんたは!自分のやるべき事を分かっているでしょ?さぁさぁ行くわよ、歩いて!歩いて!」

 自ら率先して動こうとは絶対にしないので、私が無理矢理背中を押して歩かせなければならない。

 もっと、黒曜がしっかりしてくれていれば、いろいろ任せることが出来るのだろうけれど、基本めんどくさがりな黒曜には、無理だと思っている。完全仕事モードに入ってくれれば話は別になるけれど、そう簡単にはなってくれない。だから、常に私があれこれ言って見張っているしかないので、今回みたいに二手に分かれても私と一緒にいることになる。

 「さぁ、これからどうする?どうしよっか・・・」

 二手に分かれたのは良いけれど、正直言ってどうすればいいのか分かっていない。

 自分がするべき事は嫌というほど分かるけど、何からどう手を付けて良いのかさっぱりだった。

 ここは何をしても条件が悪い。悪いと言うより悪すぎる。

 土地は最悪といって良いほど最悪。

 依頼書に目を通していた時、ふと頭の中に祠みたいなものが一瞬だけ過ぎるように見えた。多分、このビルが建っている場所にあったのだと思う。

 その祠がビルを建てることによって潰されたため、山を守っていた力が消えてこんな最悪な状態になったのかも知れない。

 「何か嫌だなーこの先・・・・」

 このビルには大きな霊道が二本通っていて、その二本の霊道は丁度ビルの真ん中に交差するように抜けている。

 霊道は霊の通る道。あってもあまりいいものではないけど、何処にでも霊道はあるので、心配する事はないのだけど、これは少し問題だ。

 霊道はただ通っているだけなら問題はないのだけど、霊道は交差したりすると、交差したところが、抜け穴となり、出てはならない場所に出てしまう。

 そのためビルの中は霊の吹き溜まり場となり、霊にとってとっても住みやすい場所となるため、邪魔な人間を排除するため爆発事故を起したのかも知れない。しかし、邪魔な人間を排除するためにこのビルを爆発させたとしても、爆発事故がおきて十数年の間ずっとこんな異常な暑さが残る事がまずありえない。

 普通霊が集まるような場所は通常の気温よりも低い温度で、肌寒いと思うか、本当に寒いと思う温度になるはずで、こんな異常な暑さには絶対にならない。

 万が一暑さが残っていたとしても、通常より暑いと思うぐらいの温度で、人が焼け死ぬような温度には絶対にならない。

 「いくら嫌っていっても、やらなくちゃ駄目だよね、夜行ちゃん?」

 私が言った言葉にコクンと頷いた。

 「だよね・・・・・しかたがない、上に行こう!」

 そういって私たちは二階に行くために二階へと続いている階段を上った。

 一階は特に暑さ以外の異常などなかった。

 霊道が通っているおかげで、霊はいっぱいいるけれど、何もしてこないので、わざわざこっちから手を出して何かをするつもりはまったくなかった。

 「なぁ蘭華。腹減った。何かねーの?」

 「あるわけないでしょ!いったい私たちはここに何をしに来たって思うの?仕事よ?そんな事言っていないでちゃんと歩いてよね、バカ黒曜!」

 嘘に決まっている。

 リュックの中には幾つかのお菓子や、飲み物(水)が入っているのだけれど、この事を黒曜に言ってしまうと洗いざらい一人で食べてしまうので、この仕事がひと段落するまで言うつもりなどまったくないが、心配ごとがあった。

 たしか、持ってきたお菓子の中にチョコレートがあった様な気がするけれど、この暑さの中、どうなっているのかなんて思いたくない。

 「毎度毎度俺様の名前に、バカをつけんじゃねーよ!バカ蘭華!」

 そっぽ向いて捻くれちゃった。

 黒曜って私よりずっと大人のくせに、中身は私よりずっと小さな子どもだ。

 「・・・・・・?どうしたの?夜光ちゃん、急に止まって・・・・・・え?」

 後数段上れば二階だったのに、いきなり通行止めを食らった。

 「これじゃあ通れないよ・・・・仕方がない、黒曜、行って!よろしくね?」

 通行止めといっても、爆発が起きたことによってできた瓦礫に階段が塞がれて通れないのではなく、雑霊という雑霊がわんさかと道を塞ぐように一箇所に集まって、通れないようにされていた。

 「なんなの黒曜その顔。やりたくないの?やりたくなければ夜光ちゃんにやってもらうけれど・・・」

 「やりゃーいいんだろ、やりゃあ!やってやろうじゃねーか・・・・・くそっ、めんどくせ・・・・・・」

 こんなことは朝飯前なのだけれど、怠け者でめんどくさがりの黒曜は普通に言ってもやってくれない。とっても手が掛かるけれど、扱い方も簡単。

 やりたくないのであれば素直にやりたくないと言えば言いだけなのに、私が他の人にやってもらうからと言えば、意地でやろうとする。そういうところが可愛いのでついつい面白がって遊んでしまう。

 「ほらよ、終わったぜ。これでいいんだろ?」

 ほんの一瞬であれだけいた雑霊が綺麗さっぱりと消えた。

 特に黒曜が何かをしたわけじゃないけれど、黒曜が雑霊たちに振り払うよう手を出しただけで、雑霊たちの意志に関係なくあっという間に消え去る。

 「うん、ありがとう。お礼にこれあげる。お腹空いているんでしょ?だからこれで機嫌直してね、黒曜」

 時々何かをすると甘い物が欲しくなるので、いつもポケットの中に飴を幾つか入れてある飴をひとつあげた。

 まさか、もらえると思っていなかったみたいで、貰った瞬間すっごく嬉しそうな顔で飴を口の中に放り込んでいた。

 こんな激甘な飴、本当に疲れている時以外に食べるなんて私には無理。よく普通にこんなものが食べられると思うけれど、黒曜はかなりの甘党。だから、余計に貰って嬉しいのだろう。

 「じゃあ、片付いた事だし、先行くわよ!あの子達に遅れをとってもいいの?」

 ぐいぐいと黒曜の背中を押して、残った階段を上りきった。

 「さて、ここらでいいかな?夜光ちゃん、リュックずっと持ってくれていてありがとう。ここからは私が・・・え?持っていてくれるの?ありがとう。でも、今から少し使いたい道具を出したいから・・・・ん?なに?何が言いたいの?夜光ちゃん」

 夜光ちゃんは五人の中で一番無口。まったくと言っていいほど喋らない。

 ごく為にボソッと喋ることもあるけれど、基本無口で無表情。何を言いたいかなんていわれなくても些細な表情や行動から言いたいことが解るので言葉がなくても十分伝わるけど、やっぱり何を言いたいのか分からないことがあるのでこういう時は通訳してもらう事にしている。

 「えーとな・・・・何を出したいのか言ってくれれば出すって言ってんぞ!こんな重い荷物、女の子が持つもんじゃねーてさっ・・・・っけ、何が女だよ・・・・」

 「や・・・夜光ちゃん・・・・」

 黒曜が何を言おうが、夜光ちゃんが言ってくれたがすっごく嬉しかった。

 リュックの中には、色々な物が沢山入れてある。

 一人で持てない重さではないのだけど、何だかんだと物をリュックの中に入れていたら、何処に旅行に行くのだろうというぐらいになってしまい、結構な重さになってしまった。

 ここに来る時からリュックは夜光ちゃんがずっと持ってくれていた。私が持ってと頼んだわけではないのだけど、重そうにリュックを背負っていたらいつの間にか持ってくれていた。

 「夜光ちゃんは、黒曜と違ってやっぱり優しいね・・・このまま夜光ちゃんに甘えさせてもらいます・・・・・」

 「で、何を出すんだと言ってんぞ蘭華」

 「えっと・・・・鈴。赤い太目の糸に大きさの違う三色の鈴がついたのがリュックの中にあると思うのだけど・・・・・あっ、これこれ、ありがとう夜光ちゃん」


 しゃん・・・・・・


 リュックの中から鈴を取り出した瞬間、とっても綺麗な鈴の音が響いた。

 「ここからはこれの出番だね・・・・」

 「お前、今から何をすんだよその鈴で?」

 「ダウジングよ。普段なら鈴をこんな風には使わないのだけど、多分この先これがないとキツイと私は思うの」

 この鈴は、昨日の夕方にこの仕事の依頼書を渡され、その日の夜に自ら拵えたもの。何故か、依頼書を目にした時、これを作ったほうがいいと感じた。

 何かを感じたという事は使う必要があるから感じたのだけど、急いで作ったわりには出来がいいと思っている。

 「で?どう使うんだよ、それ」

 「あ・・ああ。ただ、この鈴に私の気を入れて持ち歩くだけかな?あとは、鈴が勝手にして欲しい事をしてくれるしね」

 鈴は音を出す道具の一つ。

 綺麗な音色を奏でることで楽器などにも使われているけど、魔よけの道具として使われていたりして使い方は様々ある。

 私はよく携帯を落とす事があるので落としたときに気がつくようにストラップに鈴をつけているのだけど、今日私が鈴を使うのはそういう目的ではなく、鈴が出す音を使っての物探し。

 鈴に私の気を入れて持ち歩くだけで、鈴はこの暑さ以外の異常な何かを感知して、音で知らせてくれる。

 別にこんな道具を使わなくても異常かあれば分かる事は分かるのだけど、道具を使わないでこの暑さの原因を調べていると他の事に集中する事が出来なくなるので、道具を使ったほうがずっと楽で効率がよかったりする。

 鈴に気を入れる為、ほんのわずか無防備になってしまうけど、二人がいてくれるので安心して鈴に気を入れることが出来る。

 「これで完了!後はポケットに入れて・・・・ここはもう用事はないから上に行こう」

 ポケットに鈴を入れて用もない二階を後にし、三階へ続く階段に向かった。

 鈴が鳴らないということは、何もないという証拠。雑霊はあっちこっちにいるけれど、よほどのことがない限りこの鈴は雑霊には反応することはない。

 「ここにも用はないね・・・・次行こう次!」

 三階、四階と見回ったけれど、鈴は何も反応を示さなかった。

 このまま何もないのだろうかと思いながら次々階を見て回ったが九階まで鈴が鳴るような異常はなかったけれど十階に上がったとたん、一番小さな鈴がリンッと一回鳴った。

 小さな鈴が鳴ったという事は小さなことではあるが、異常があるということ。今は原因を判明するためにどんな小さな反応であっても、見て確かめなくてはならないので、この階で一番鈴が反応する場所に向かった。

 「・・・・・・・う・・・・・うそ・・・・・うそでしょ?どうして?どうしてこんなものがここにいるの?」

 「まじかよ・・・・何かあるとは思ってたが、これはねーよ・・・」

 状況が一変した。

 私だけではなく、二人も目を疑った。

 信じられなかった。信じたくなかった。

 今、私たちの目の前にいるのは、いてはならない存在の者がいた。

 鬼。

 飢えと渇きに苦しまされた亡者・餓鬼。それと、悪巧みばかり働く小鬼といった決してこれといって強くもない雑鬼が群れるようにわんさかいた。

 この程度の鬼ならば、退治するのはまだ簡単だけれど、鬼に違いない。これからの事を思うと油断は出来ない。

 「で・・・どうすんだよ、誰がすんだ?誰もいねーのか?」

 「わた・・・・・」

 立候補しようと前に出ようと思ったら、それを阻止するかのように夜光ちゃんが前に出てきた。

 「あん?・・・・おお・・・・・っち、しゃーね・・・わーったよ。言えばいいんだろ、めんどくせー」

 「ん?何黒曜?夜光ちゃん、なんていったの?」

 「言わなくてもわかるだろ?こいつが雑魚どもを倒すって言ってんだよ!後、アブねーからお前は後ろに下がってろってさ!」

 何よりも私の安全を第一に考えてくれていた。

 「うん分かった。無理しないで、頑張ってね夜光ちゃん!」

 コクンと頷いてから夜光ちゃんは雑鬼の群れの中に突っ込んでいった。

 夜光ちゃんは黒曜と違って、とっても頼りになる。私が何かしてほしいと思って言いたいことがあったとしても、言わなくてもしてほしい事が分かるみたいらしく、何も言わずにしてくれていたりして、とっても好き。だけど、好きなのは夜光ちゃんだけじゃなく、黒曜以外なら皆大好きだったりする。本当は黒曜の事も好きだけど、それは絶対に言わない。言いたくない。言ったら気持ち悪がるから絶対に言わない。

「え?あ・・・もう終わったの?ご苦労様。これからもまたこんな事があるかもしれないけど、二人ともヨロシク!分かったね黒曜?」

数も数だったのでもう少し時間が掛かるのかと思っていたのだけど、三分も掛からなかった。

とりあえず、この階にいた鬼を全て退治したことにより、鈴の反応は消えた。

ここで一旦休憩したいところだけど、あまり時間がなかった。

依頼の期限は定められていないが、朝を向かえるまでにこの暑さの原因を調べなければならなかった。

このビルに着いてすぐ、私たち以外の人が絶対にこのビルの中に入って来られないようにはしているけれど、万が一ということもあるので、出来る限り今日中に、日が昇るまでにどうにしたい。それに、霊や鬼が活動できるのは基本夜。昼の間も活動するにはするけれど、何かをするのはやっぱり霊や鬼が一番活発に活動する夜のほうが危険であるけど調べやすい。

こういった仕事は朝や昼にすることもあるけれど、夜することが多く、睡眠不足に悩まされる。

「それにしてもあっついねー・・・・」

「お・・・おい、いくらあちーからって、それはねーんじゃねーの?お前より俺たちのほうがよっぽどあちーんだよ!」

 階段をのぼりながら私は動きやすいという理由で穿いてきたスカートの裾をパタパタして中に風を送っていた。

 スカートの中には見られてもいいようにとショートパンツを穿いているけど、夜光ちゃんがとっさに目を逸らし、後ろを向いた。

 今言った言葉は黒曜でないことは夜光ちゃんの行動を見てすぐに分かった。黒曜なら私が何をしていても気にしない。気にするはずがない。

「あっ・・・ごめんね夜光ちゃん。もうこっち向いても・・・・え?あ・・・・・ありとう。頂くね」

 いくら結界を纏ってこの異常な暑さから身を守っているとはいえ、私が今感じている温度は今の季節と同じ夏の気温。マメに水分を取っていないと熱中症になってしまう。だからその事を心配して私に水分を取るように言ってくる。

 しかし私は、いくらマメに水分を取るように言われても自ら水分を取ろうとしないので、光ちゃんは私と分かれる前に夜光ちゃんに私の事を頼んで言った。だから、夜光ちゃんは私に水を飲ませるため、リュックの中から水の入ったペットボトルを取り出し、飲むようにと渡してくれた。

 「あっ、ずりーよお前だけ!俺にもくれよ夜光!」

 いくら黒曜が夜光ちゃんに水が欲しいと頼んでも、夜光ちゃんは黒曜の言う言葉に耳を貸さなかった。

 「もう、うるさいわねバカ!私の半分上げるから黙ってて!」

 ぎゃーぎゃーと騒ぐ黒曜に苛立ちを覚え、水を三分の一程飲んだところでその水を黒曜に渡し、黙らせた。

 水を受け取った黒曜はぶちぶちと文句を言いながらも私の飲みかけだった水を飲んでいた。

 いくら夜光ちゃんに水が欲しいと頼んでも、夜光ちゃんが素直に渡すはずないのに、それを分かっていて黒曜は言っている。

 正直に私に水が欲しいと言えば飲みかけの水ではなく手をつけていない水をあげるのにと思いながら、ごくごくと水を飲む黒曜の事を見ていた。

 「もう飲み終わったでしょ?そろそろいい?」

 「・・・・・ああ・・・・」

 まだ飲みたらないという顔をしているけど、ねだらない所を見ると一応満足はしてくれているのだろう。

 水も飲んだところで、休憩は終わり。雑霊だけならまだしも、鬼が出てきた以上何があるのか分からないので、いつまでもこんなことはしていられない。

 それさっきから鈴が反応している。鳴っているのは一番小さな鈴だけだけど、さっきよりも反応は大きい。

 反応が大きいということはさっきいた鬼よりも強い何かがいる。行って実際見てみないことには何も分からない。

 階段を上がるごとに鈴の反応が強くなる。次第に一番小さな鈴だけではなく、十一階に着いた瞬間、全ての鈴が一斉に大きな音を立てて鳴り出した。

 「ら・・・・蘭華あぶねー!」

 突然黒曜が何か感じたのか、真剣な顔をして何かから守るように抱きついてきた。

 一瞬何が起きたのか分からなかったけれど、大きな火の玉が私をめがけて飛んできた。黒曜はそれを夜光ちゃんよりも早く気がつき、私を守ってくれた。

 もし、黒曜が守ってくれなければいくら水の結界を纏って身を守っているからといっても流石に突然飛んできた火の玉からとっさに身を守ることなんて出来ず、今頃火達磨になっていたかもしれない。

 いつもは何も役にたたないただの怠け者の黒曜だけど、私の身に何か危険なことがあると五人の中で一番早く気がつき、守ってくれる。常にこうなら私は黒曜に一切文句など言わないのに、この差の激しさは何なのだろうと思う。

 「大丈夫か?怪我はねーか?」

 滅多に私の事など心配しない黒曜だけど、今は私の事を心配してくれている。

 当然、私の事を心配してくれているのは黒曜だけではなく、夜光ちゃんも心配そうに私の元に駆けつけてくれた。

 「うん、ありがとう大丈夫だよ。それより、今のは・・・・」

 とっさに目を閉じ気を集中させた。

 「・・・・・・・どうだ?何か感じるか?」

 黒曜に問われたけれど、何も感じ取る事が出来ず、首を横に振った。

 まさかあれほど強く鈴が反応するなど思っていなかった。

 鈴の反応を見ても相手が只者ではないのはよく分かる。

 あんな事があり、とっさに気を集中させ相手が放っている気を探ろうとしたけれど、複数の強い気は感じるけれど、明らかに違う。

 相手はもっと強い。今感じている気も強いのは強いけど、きっとあの相手の足元にも及ばないだろう。

 「なんでいねーんだよ!どういうことだよ蘭華!」

 「私に言っても分かるわけないでしょ!相手は只者じゃないの!それはあんたのバカな頭でもそれぐらい分かるでしょ!」

 私に言われてもそんな事分かるはずがなかった。

 私は相手の事を少し嘗めていたのかも知れない。まさかこんな奴がいるなんて思いもしなかったから。

 相手は自分の気を消したり、他の気と同化したりする事が出来る。こんなことが出来るのは並大抵の強さでは絶対に出来ない。

 「でも、おかしいと思わない?何で相手は私に火の玉を一個だけ飛ばしてきただけで、それ以上は何もしてこなかったのだろう・・・・」

 まるでさっきの攻撃は私たちを倒すための攻撃ではなく、力を見るために飛ばしたとしか思えなかった。

 「さぁ、こんな所でぐずぐずしていられないわ!さっさとここいるのを倒して早く上に行くわよ二人とも!」

 さっきまで力の強い存在のモノがいたせいなのかいままで姿を現すことができなかったモノが、いなくなったとたん私たちの目の前に姿を現した。

 鈴はまだ鳴り止んでいない。さっきは全ての鈴が大きな音を立てて鳴っていたけれど、今は小さな鈴が大きな音を立てて、中ぐらいの鈴が小さく鳴っているだけで、大きな鈴は鳴り止んでいる。

 大きさの違う鈴は鳴る鈴の大きさによって示す反応が異なるように作っていて、鈴が小さければ何かを示す反応は弱く、大きくなると強くなるにしている。

 同じ大きさの鈴を三つ使っても、鈴一つでも良かったのだけど、大きさの違う鈴を使ったほうが、便利だと思ったし、分かりやすいと私的に思い作ってみたところ、やっぱりこの方が正解だった。

 「もう嫌!何で?何でなの?」

 鈴の反応は下の階のときよりも強い。

 「中鬼に・・・下鬼といったところか・・・雑魚だな」

 雑魚と黒曜は言うけれど、今私たちの前に現れたモノはれっきとした鬼。それも下の階にいた鬼よりも強い。

 まだこの程度の鬼なら黒曜や夜光ちゃん一人でも簡単に倒す事が出来るけれど、もしこれ以上強い鬼が出てきたりすれば一人では倒せないだろう。万が一さっき私達が出くわしたあの者が私達の想像する強さよりも上回っていたら二人では絶対に倒せないだろう。私が出たとしても無理だと思う。

 「さて、誰が・・・・って、あれ?いない!」

 「やっぱバカだろお前。んなもんとっくにこの俺様が退治したっつーの」

 いつの間にかここにいたはずの鬼が綺麗さっぱりと消えていた。

 まるでテレビゲームかのように上の階にいくごと出てくるモノが強くなっているので、そろそろ私も参加しようと思っていたのに、誰も私に出る幕を与えてくれなかった。

 「ねぇ、どういった心境の変化なの?何か変なものでも食べたの黒曜?」

 信じられなかった。

 私の身に危険が降りかかろうとしている時だけ黒曜は自ら動き私を守ってくれるけれど、それ以外のことで自ら動いて何かをするということがいままでなかった為、今だ黒曜が取った行動に信じることが出来ず、疑って、疑ってしまった。

 「るせー。んな事があったんだぜ?いつまでもいつもの俺様だと思ってんじゃねーよバカ!俺様だってやるときはやるんだよ。一体お前は俺たちと何年一緒にいるんだよ」

 「そんな事言われたって、ねー・・・・ねっ、夜光ちゃん?」

 同意を求めてしまったけど、夜光ちゃんも私が思っていたことと同じ事を思っていたらしく、頷いてくれた。

 「けっ・・・・なんだよお前まで・・・・」

 「拗ねない、拗ねない」

 ようやく自分がしなければならない事を分かってくれたのだと思い、嬉しかったけれど、黒曜の性格を考えると、こういった行動をしてくれるのは多分今回限りではないかと思った。

 でも、この行動は私の事を思って、私を守ってくれるための行動だということも分かるので、それを知ることが出来ただけでも嬉しかった。

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