第19話

「ルナ、ルナ」


聞き覚えのある声が、ルナを呼んでいる。


東川先生だった。


ルナは目を開けて、ゆっくりと起き上がった。


ここは、保健室。


壁にかかった時計は、11時前を指していた。


「ゆっくり寝てたわね、2時間くらいかしら」


東川先生の隣に座っていた、保健室の木村先生は、優しい微笑みを浮かべながらそう言った。


「私、なんで保健室いるんだっけ」


「先生たちがルナを取り押さえても、しばらく暴れてたけど、疲れたのか急に大人しくなってすごくしんどそうで、しばらく横になるか、って聞いたらルナがうなずいたから、保健室まで一緒に行ったんだよ」


「あ......。そうだった。先生、ずっとここにいたの?」


「まさか。先生も授業があるから、後は保健室の木村先生にお願いしてたんだ。25分休みが始まってから覗きに来たら、まさかまだ寝てたとはなあ」


東川先生は笑った。


「ねえナオちゃんは?」


「あれからすぐ梨田先生が眼科に連れて行ってくれた。幸い、椅子の足が当たったのは眼の周りだったみたいで、眼の中には入ってなかったらしい。痛みもすぐ引いたって。念のため検査してもらったけど、全く異常なかったみたいだ。病院にナオのお母さんが迎えに来てくれて、今日はそのまま家に帰ったよ」


「そうなんだ」


ルナは少しだけ、ほっとした。


ナオの眼が無事だったということに。


そして、もうナオは学校にいないということにも。


次の瞬間、保健室のドアがガラガラっと大きな音を立てて開いた。


そこには、ルナのお母さんが立っていた。


「お母さん......。先生電話したの?」


東川先生がルナに答えるより先に、お母さんは東川先生の前につかつかと歩み寄ると、頭を深く下げた。


「先生......。娘が、またおかしなことをして、本当に申し訳ありませんでした。今日はもう娘は連れて帰りますし、明日からも登校させません。卒業式も欠席させます」


東川先生は慌てて立ち上がった。


「まあまあお母さん、落ち着いてください。なにも卒業式を欠席させなくても」


「これ以上、娘のせいで先生や他の子たちにご迷惑をおかけするわけにはいかないので、出席はさせません」


「しかし、ルナちゃんにとっては一生に一度の、小学校の卒業式ですから」


「先生、もういいよ。私、卒業式休む。行きたくない」


しばらく2人のやり取りを聞いていたルナが、口を開いた。


「ルナ......。本当にいいのか」


「私、今日ナオちゃんにもセイラにも酷いことやっちゃったし、みんなから嫌われちゃったし。もう誰とも会いたくない」


「なあ、ルナ。今朝、どうしてあんなことになったのか、先生にもお母さんにも、ゆっくり説明してくれないか」


東川先生は一旦卒業式の話題を逸らすと、保健室の隅に置いてあった丸椅子を取り出し、お母さんに''どうぞ''と声をかけた。


お母さんはぺこりと頭を下げて、椅子に座った。


ルナは、ベッドに座ったままゆっくりと話しはじめた。


「私、朝からなんか変だなと思ってたの。すごくイライラするし、不安でしんどい気持ちで......。だから、ナオちゃんといっぱい話したら元気になれるかなって思って、放課後遊びに誘ったら、今日は無理って言われて。それでなんか全てがイヤになって、気がついたら椅子を持ち上げてて......」


お母さんと東川先生は、ただただ黙って、ルナの話を聞いていた。


ルナはお母さんの顔を見ると、悲しさがこみ上げてきて、涙が出てきて声が出なくなった。


「ごめんなさい......。ごめんなさい......」


ルナは嗚咽混じりに謝った。


ベッドで隣に腰かけていた木村先生は、黙ってルナの肩をさすった。


「だからもう......。卒業式には行かない。明日からも、行かない」


「ルナがそう決めたのなら、それでいい。でももちろん、気が変わったら、来ていいからな。後悔だけは、しないようにな」


東川先生は静かにそう言った。


「本当に、申し訳ありませんでした」


お母さんはもう一度深く頭を下げて、隣のルナの頭もぐいっと下げさせて、保健室を出た。


翌日の火曜日。


ルナが6年3組の教室に姿を現すことはなかった。


その翌日の水曜日も、そして卒業式前日となった木曜日も、ルナは登校しなかった。


ナオは教室で、誰も座っていない隣の席をぼんやりと見つめていた。

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