第15話

セイラが図工室を飛び出すと、静寂が戻った。


ルナはもう1度「ギャーッ!」と叫ぶと、ふたたび机に突っ伏した。


「あと5分でチャイム鳴るから、今日はもう終わりにしようか。残りの人の発表は、また来週にしましょう。じゃあ日番さん、挨拶お願いします」


住田先生はそう言うと、早めに授業を切り上げた。


日番の号令とともに挨拶が終わると、みんな次々と図工室から出ていく。


中にはルナを気にしてチラチラ見るクラスメイトもいたが、

「さあさあ、教室戻って帰る用意しよー」

と住田先生が声をかけると、ルナから視線を逸らして出ていった。


セイラと仲が良い女の子グループは、セイラが机に置いていった荷物を抱えながら、ルナに見向きもせず、早足で去っていった。


ナオは一度図工室を出ようとしたが、やはりルナのことが気になって、踵を返した。


「先生、菅田さんが落ち着くまで、ここに居ていいですか。落ち着いたら、一緒に教室に戻るので」


ナオが住田先生にそう言うと、先生は

「吉成くん、優しいんだね。じゃあお願いしようかな」

とにっこり微笑んで言った。


図工室の机は全て、4人向かい合わせで座れるように固められていた。


ナオがルナの隣の椅子に座ると、住田先生はルナの正面の席に座った。


「菅田さん、さっきはごめんね。先生、勘違いしちゃって。''意地悪''とか、ひどいこと言っちゃったよね。本当はそんなつもり、全然なかったんだよね」


先生はルナにそう言って謝った。


ルナはゆっくり顔を上げた。


もう涙は止まっていた。


「ねえ先生、さっきリアが、私のこと空気読めないから嫌われる、って言ったけど、なんで空気読めないと嫌われなきゃいけないの?逆上がりができなくて嫌われる子いないし、25メートル泳げなくて嫌われる子もいないし、算数ができなくて嫌われる子もいないのに......。なんで私は、空気が読めないからって嫌われるの?じゃあ、空気の読み方教えてよ......。逆上がりのやり方も、25メートル泳げるようになるコツも教えてくれるのに、空気の読み方は誰も教えてくれないじゃん......」


ルナは、ところどころまた涙声になりながら、訴えかけるように住田先生に言った。


ナオは、ルナの言葉に聞き入っていた。


それは、ナオ自身もこれまで生きてきた中で、なんとなく抱えていたモヤモヤを代弁するかのような言葉だった。


「空気の読み方ね......。先生も、わかんないや」


住田先生は笑って言った。


「えー!先生が分からないんだったら、私になんか分かるわけないじゃん。もうおしまいだー」


ルナはうなだれた。


「空気が読めるっていうのは、人の気持ちが分かる、ってことと似てるんじゃないかなって、先生は思うの。でもさっき先生は、意地悪なんか全然してるつもりなかった菅田さんに対して、''意地悪を言った''って決めつけてしまった。これって、菅田さんの気持ちが全然分かってなかったってことだし、他の人に対しても先生はよく似たようなことで怒らせちゃったりしてるの。だから、先生も全然空気が読めてない」


「じゃあダメじゃん。先生嫌われちゃう」


「べつに、嫌われてもいいの。だって先生には、私のことをずーっと大切に思ってくれてる、小学校からの親友がいるから。そういう人が1人でもいたら、他の人からちょっと嫌われようが、気にしないの」


住田先生は得意げに言った。


「えー、先生強い!」


ルナは目を丸くした。


「菅田さんにもいるでしょ。菅田さんのことを大切に思ってくれてる人が、すぐ隣に」


住田先生はそう言うと、にっこりと笑ってナオを見た。


ナオは恥ずかしくなって、うつむいた。


「たしかに。ナオちゃんは私の彼氏だもん」


ルナは何のためらいもなく言うので、ナオはますます恥ずかしくなった。


「素敵だね。吉成くん、優しいもんね」


「うん、すっごく優しい。でも先生、リアが私のこと''変わってる''とも言ってたじゃん。そんな風に思われるのも、いやだな」


「わかる。先生も、子どもの頃よく言われてたから」


「そうなの?」


「そうだよ。最初は、なんでそんなこと言われるのか全然わからなくて、いやだった。でも、ある日気づいたの。''変わってる''って言われても、なにと比べて''変わってる''なのか、全然はっきりしてないなって。''普通''っていうモノがあるから''普通じゃない''、つまり''変わってる''ってみなされるモノが生まれるんだけど、その''普通''がなんなのか、誰もはっきりとした答えは持ってないよなって気づいて、そこから''変わってる''って言葉自体が全く意味のない言葉だなって思ったから、気にしなくなったの。ごめん、難しかった?」


住田先生の話にルナは混乱している様子だったが、ナオはなるほどと頷いた。


ナオ自身も、''変わってる''と周りの人から言われることは少なからずあった。


でも、テストの点数が何点以上だったら''普通''で、何点未満だったら''変わってる''とか、はっきりとした基準があるわけじゃない。


そんな、意味のない言葉を気にする必要は全くないなと思った。


「まあとにかく、周りの目なんか気にせずに、自分らしく生きること、自分を好きになることが大事、ってこと。それがなかなか難しいんだけどね」


住田先生の言葉に、

「あ、今の説明は分かりやすかった!」

と、ルナもスッキリした表情になった。


「よし!じゃあ2人も教室戻ろっか。東川先生、そろそろ遅いなって思ってるかも」


住田先生は笑顔で2人を図工室から送り出した。


「私、セイラに謝ってみるよ」


図工室から6年3組の教室に戻る途中、ルナはナオにそう言った。


「えらっ。応援してる」


「なんか、上から目線!」


ルナは不満そうに言ったが、すぐにケラケラと笑った。


6年3組の教室は、2階の図工室の横にある階段から4階まで上がるとすぐだった。


階段を登ろうとすると、2階と3階の間の踊り場に、セイラが立っていた。


セイラは踊り場の壁にある大きな鏡を見ながら、髪を触っていた。


「ナオちゃん、先に教室帰ってて」


ルナの言葉に、ナオは黙ってうなずくと、ルナを追い越して階段を上がった。

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