第14話
6年3組の図工の授業は、毎週水曜日の5時間目と6時間目に連続して行われる。
3週間前から「優鈴小学校の中でお気に入りの場所をスケッチしよう」という課題に毎週取り組んでおり、今日がその課題の最終日だった。
各々が小学校の中でお気に入りの場所に行き、スケッチの仕上げをした。
6年3組の教室を選んだ子もいれば、体育館を選んだ子、プールを選んだ子など、本当に様々だ。
ナオは本を読むのが大好きで、いつも自由学習の時間などに図書室に行くのが楽しみだったので、図書室をスケッチした。
ルナは心を落ち着けたいときによく漕いでいた、運動場のブランコをスケッチした。
5時間目に最後のスケッチタイムが与えられ、6時間目は図工室に戻り、1人ずつ描いた絵と、お気に入りの場所を発表する時間だった。
「みなさん、心をこめてお気に入りの場所をスケッチできましたか?それでは早速、1人ずつ発表してもらいます。じゃあ、出席番号1番の秋田さんと、25番の吉成くんがジャンケンして、勝ったほうから順番に始めていきましょう」
図工の住田先生はそう言うと、出席番号が最後のナオと、1番の秋田ミクにジャンケンをさせた。
結果、ナオはパー、ミクはグーを出し、ナオの勝ちとなった。
「じゃあ、吉成くんから出席番号の降順で発表していくことにします」
先生の声に、出席番号が小さい子たちからは歓声が、大きい子たちからは「えー」という声が聞こえた。
ナオは、自分の運のなさを心の中で嘆きながら、静かに立ち上がると、スケッチした絵を見せながら発表を始めた。
みんなの前で喋る、というのは何回経験しても慣れないし、とても緊張する。
ナオは、自分の心臓がバクバクと音を立てているのを感じた。
「僕は、図書室をスケッチしました。僕は本を読むことが好きなので、たくさんの本が置いてある図書室に行くと、気持ちが落ち着くので、お気に入りの場所です」
ナオは発表を終えると、静かに座った。
声は小さかったが、なんとかできた。
心臓が落ち着きを取り戻した。
「とても上手に描けているし、落ち着いて発表できましたね。拍手!」
住田先生の声に、クラスからは拍手が起こった。
ナオの次は、出席番号24番の前田ヒナタだ。
「僕は、5年生からずっとバドミントンクラブに入っていて、毎週クラブ活動で練習していた思い出のある場所なので、体育館をスケッチしました。壁も床も茶色ばっかりだから、茶色の絵の具が途中でなくならないか焦りましたが、ギリギリ大丈夫でした」
ヒナタの発表に、教室から笑いが起こった。
その後も発表はどんどん続き、出席番号13番のルナの番になった。
「私がスケッチしたのは、運動場のブランコです。不安な気持ちになったり、しんどい気持ちになったとき、私はブランコに乗ると気持ちが落ち着きます。だから、ブランコが大好きです」
発表が終わると、拍手が起こった。
ルナの次に発表したのは、女子のリーダー的存在である、坂下セイラだった。
以前ルナが学校にシャーペンを持ち込んでいるのをセイラが注意して、パニックになったルナが泣きながらセイラにシャーペンを投げつけたことを、今もナオはセイラの顔を見るたびに思い出す。
セイラは立ち上がり、発表を始めた。
「私は飼育委員で、動物のお世話をずっとしていたので、飼育小屋がお気に入りの場所です。毎日エサやりをしていた、うさぎのミーちゃんを描きました。これは、ミーちゃんが飼育小屋でごはんを食べているところです」
ミーちゃんは黒うさぎだったが、首周りと耳だけが真っ白なのが特徴で、みんなから愛されていた。
セイラと仲の良い女子たちから、''そっくりー!''とか、''かわいいー!''とか、少し大袈裟にも聞こえるような声が上がった。
「ほんと、ミーちゃんそっくりで、上手に描けてますね」
住田先生も拍手しながらセイラの絵を褒めた。
普段はクールな雰囲気のセイラだったが、友達にも先生にも褒められて、満足げな笑顔を浮かべていた。
すると、今まで黙ってセイラの発表を聞いていたルナが、急に口を開いた。
「たしかに上手だけど、ミーちゃんは首と耳が白いとこがチャームポイントでしょ。セイラの絵は、耳も首もぜんぶ黒だよ。こんなの、ミーちゃんじゃないもん。普通のどこにでもいる黒うさぎじゃん」
一瞬にして図工室の空気が凍ったことに、誰もが気が付いた。
さっきセイラを褒めていた女子たちは、明らかに''やばいやばい''といった感じで顔を見合わせているし、住田先生も露骨に困った表情をした。
だがルナ本人だけは周囲の空気の異変に気付かず、なんの悪びれた様子もない。
ナオは、自分の発表を終えて落ち着きを取り戻していた心臓が、再びバクバクと音を立て始めたのを感じた。
すると次の瞬間、セイラの冷たい舌打ちが図工室に響いた。
先生や友達に褒められたときの笑顔は完全に消えていた。
いかにも機嫌が悪そうな表情と態度でセイラは座った。
「ルナって、ほんと空気読めない子。だから嫌われるんだよね。変わってるし」
セイラの舌打ちに続けて、冷たく言い放ったのは、セイラの親友である宮野リアだった。
住田先生は
「宮野さん、そんな言い方はないでしょ」
とリアを厳しい表情で制した。
しかし今度はルナに視線を向けて
「菅田さん、でもあなたの言葉もよくなかったと先生は思うよ。せっかく一生懸命ミーちゃんの絵を描いた坂下さんに、意地悪なこと言って......。坂下さん、やる気なくなっちゃうでしょ」
と注意した。
すると、住田先生の言葉に、ルナは黙って机に突っ伏した。
やばい。
また大泣きしながら、暴れ始めるのではないか。
ナオを含めた誰もがそう思った。
しばらく沈黙が続いた。
「菅田さん......。大丈夫?」
住田先生は明らかに動揺していた。
すると、かなり長い沈黙の後、ルナはゆっくり顔を上げて、静かに泣きながら話しはじめた。
「先生......。私、意地悪なんか言ってないよ。本当のこと言っただけじゃん......」
ルナは涙を腕でゴシゴシ拭いながら、続けた。
「私、セイラのやる気なくそうと思って言ったんじゃない。だって、セイラは可愛いし頭もいいしなんでもできるし、私セイラのこと尊敬してるもん。本当はセイラとも、もっと仲良くなりたいよ。私、意地悪なんか言わないよ......」
ルナはそこまで言うと、いきなり「ギャーッ!」と大声を上げながら、足をバタバタさせた。
「もう!なんなのコイツ、意味わかんない!」
セイラは再び乱暴に立ち上がると、教科書もスケッチした絵も机に置いたまま、図工室の外へ飛び出した。
「ちょっと坂下さん、どこ行くの!」
住田先生が慌てて声をかけた。
セイラは一瞬立ち止まって
「保健室!」
とだけ叫ぶと、そのまま出ていった。
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