第13話

「休み時間を奪ってごめんな。でもナオのためにも早いこと、ちゃんと説明しておかないとと思って。本当はトレーナー事件のときに、すぐ言うべきだったんだけど」


職員室に入った東川先生はそう前置きして、ナオに話しはじめた。


「6年3組に、もう転校しちゃったけど中東マリンっていう子がいて、ルナがマリンとすごく仲が良かったって話は前にちょっとしたよな」


「聞きました」


「で、マリンがどうして転校しちゃったのかって話を、今からしようと思う。結論から言うと、マリンが転校したことにはルナが関係しているんだ。ルナに原因があると言ったほうが分かりやすいかな」


東川先生はもともと貫禄があって、声の低いほうだが、今はいつも以上に声が低いというか、重みを感じる。


「あれは、7月に入ったばかりのときだった。いつも、休み時間はルナとマリンが2人で、教室でお絵かきをしたり運動場で一輪車やブランコに乗ったりして遊んでたんだけど、その日はマリンが朝学校に来る途中で、隣のクラスの女子と休み時間に遊ぶ約束をしてたみたいなんだ。それで、今日は他の子と遊ぶ、ってことをマリンがうっかりルナに伝えるのを忘れていたみたいで、休み時間に入ってからしばらくマリンを探していたルナが、他の子と2人で遊んでいるマリンを見つけて、怒りだして......」


「3人で遊ぶことはできなかったんですか?」


「マリンもその子も、3人で遊ぼう、って言ってくれてたみたいなんだけど。ルナはもともと独占欲が強いところがあるし、自分に何も言わずにマリンが他の子と遊んでたことがショックだったからか、絶対マリンと2人きりじゃないと嫌だって、聞かなかった」


「それで......。どうなったんですか」


「マリンは友達との約束は絶対守る、すごく義理堅い子だったから、結局ルナを無視するような形で、朝に約束してた子と遊び始めたそうだ。するとそこから、ルナの大パニックが始まったんだ。ルナはブレーキが効かなくなってしまって、マリンを叩いたり蹴ったりの暴走状態。先生が気付いて、ルナのところへ走って止めに行ったのが、このタイミングだった。もうちょっと早く異変に気付くべきだったと、とても後悔してる」


東川先生の声のトーンはさらに低くなった。


「先生ともう一人、6年2組の小梨先生がルナを止めに入って、とりあえずルナとマリンを引き離して、マリンには状況が落ち着くまで職員室に入っててもらったんだけど。そこで先生たちが安心しちゃったのがいけなかったんだよな。ルナの体を抑えていた手の力がふっと、ちょっとだけ抜けた途端に、ルナは先生たちの手を払いのけて、運動場のベンチのほうに走り出した。ベンチには、遊んでる途中に暑くなって脱いだマリンの服が置いてあったんだけど、その服を持ち出して、また走り出して......。慌てて追いかけて、追いついたときには、ルナはすでに校門のすぐそばにある大きなゴミ箱に、マリンの服を捨てていた。その服が、この前ナオが着ていたのとよく似た、水色のトレーナーだったんだ」


「なんでそんなことを......」


「突発的で衝動的に、周りが考えもしない行動を取ってしまうことは、ルナが低学年の頃からあったんだけど。あの日は、マリンがルナよりも別の子を優先したこともそうだけど、それ以上に、先生たちが無理矢理ルナからマリンを引き離したことが、あいつにとってすごくストレスというか、イライラの原因になってしまって、そういう行動をさせてしまったんだろうな。でもあのときは、とにかくルナもマリンも怪我だけはさせてはダメだと、先生たちも必死で、ああするしかなかったんだ」


東川先生は悲しそうな表情で大きく息をつくと、話を続けた。


「もちろん先生がすぐにゴミ箱から服を救出したけど、起きたことはきちんと、マリンと保護者の方に説明した。マリンは優しい子だから、すぐに許してくれた。でも、許してくれなかったのが、マリンのお母さんだった。お母さんには、ルナがマリンを叩いたり蹴ったりしてしまったことも含めて説明した。すると、うちの子に暴力を振るったり、うちの子の服を捨てるような子がいる学校には通わせられないと激怒しちゃって。指定学校変更っていう制度があるんだけど、それを利用して、2学期から別の学校に転校することになったんだ」


「そうだったんですか......」


「校長先生も事態を重く受け止められて、転校するまでマリンは別室登校という形で、徹底してルナと全く関わらせないようにしたんだ。結局、最後の挨拶もできないまま、ルナはマリンとお別れすることになった。ルナはルナなりに、自分のせいでマリンが転校しちゃったことをちゃんと理解してるし、反省もしてる。でもそれ以上に、ショックは大きかったし、今でもすごく引きずってる」


ナオは、ルナの屈託のない笑顔を思い浮かべながら、東川先生の話に聞き入っていた。


「こんなこと言われても困るかもしれないけど......。ナオって、雰囲気がマリンと似てるところがあるんだよな。いつも穏やかで優しい感じが、マリンそっくりなんだ。ルナもなんとなくそれを感じてて、それでナオに構ってほしくて色々話しかけたりしてるような気がするんだ。ルナにとって、ナオは安心できる、心の居場所みたいな存在なんだと思う。マリンも、ルナにとってそういう存在だったから。だから、色々振り回されるときがあるかもしれないけど、ルナのこと温かく見守ってもらえたら、先生はとても嬉しい。もちろん、しんどくなったり、嫌なことがあったら、すぐに相談してくれよ。ダメなことはダメだって、ちゃんとルナに伝えるから」


東川先生は、ナオの眼をまっすぐ見てそう言った。


''心の居場所''という言葉が耳に残った。


自分が誰かの居場所になっているなんて、考えたこともなかった。


自分のことをなんの取り柄も無い人間だと考えていたナオにとって、自分が誰かから必要とされているのだという感覚は、心地よく、温かい気持ちにさせてくれるものだった。


職員室を出て教室に戻ると、ルナはすでにブランコから戻ってきていた。


ルナは自分の席に座り、一人で自由帳に絵を描いていた。


ナオは謝った。


「さっきはしつこく聞いてごめん。なにも知らなくて」


「別にいいよ。気にしてないから」


ルナはナオの顔を見ず、色鉛筆を走らせながら言った。


「それに今の私には、ナオちゃんがいるから、もう寂しくないし」


視線は変わらず自由帳の絵に注がれていたが、ルナははっきりとそう言った。

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