第12話

今日は朝から、いつもにぎやかな6年3組の教室が一層にぎやかだ。


みんな、この日を楽しみにしていたのだ。


3学期がはじまって、最初の金曜日。


今日は、6年生に卒業アルバムが配られる日だった。


1時間目は、各自にアルバムが配られた後、アルバムを見たり、クラスの友達と寄せ書きを交換したりする時間となっていた。


「じゃあ、出席番号順にアルバムを取りに来てください。まず10分間は、それぞれ自分の席で座ってアルバムを見る時間。10分経ったら、寄せ書きのために立ち歩いていいことにします」


東川先生の声に、教室から歓声があがった。


アルバムを受け取り終わると、各自が席についてアルバムを眺めた。


「すご! 1年生の写真も載ってるじゃん。俺ら、ちっちゃー」


「わあ、吉岡先生いる。懐かしー」


「この写真、私の顔、変じゃん。こんなの載せないでよー」


それぞれがアルバムを眺めながら、思い思いに声をあげる。


ナオは6年生の2学期から転校してきたので、2学期に入ってすぐに撮った個人写真とクラス写真以外にはほとんど映っていなかったが、それでもアルバムを眺めるのは楽しく、色々な写真に見入っていた。


1年生から優鈴小学校に通っているルナの写真は、たくさんのページに載っていた。


遠足でお弁当を食べている写真。


満面の笑みでブランコに乗っている写真。


校庭で栽培したトマトを収穫している写真。


他にもたくさんの写真があった。


ルナが映っているほとんどの写真には、ルナの隣にナオが見たことのない、同じ女の子が映っていることに気が付いた。


よく見ると、胸元の名札には「中東」という文字が映っていた。


中東―。


どこかで聞いたことがある苗字だとナオは思ったが、はっきりと思い出せない。


「ルナちゃんと一緒に映ってるこの子、隣のクラスの人?」


ナオは隣の席のルナに声をかけた。


ナオのほうからルナに話しかけることは普段あまりないし、ナオが話しかけたらいつもルナは笑顔で答えてくれるのに、このときはルナは曇った表情で、「知らない」

とそっけなく答えた。


「色んな写真で隣にいるのに、知らないの?」


ナオは不思議に思って、聞き返した。


すると、ルナは突然、机に突っ伏した。


3秒くらい経って、ゆっくり頭を上げると、急に机を両手でバンバンと叩きはじめた。


「あー!ナオちゃん、もう、うるさいなあ!この子は、中東マリンちゃん!私の親友!もう転校しちゃったの!」


ルナは机を叩きながら、大声で叫んだ。


「先生、頭痛いから、保健室行ってきます!」


ルナは今度は、東川先生に向かって大きな声を出し、教室から逃げるように飛び出していった。


ナオは東川先生をチラッと見たが、先生は何も言わず、宿題の丸付けを机で続けていた。


ふと、先生と目が合った。


先生はナオを見ると、

「大丈夫、気にしなくていいからな」

と、穏やかな笑顔で言うと、再び丸付けを始めた。


ルナにとって聞かれたくないことを、聞いちゃったな......。


ナオは罪悪感を抱きながら、ルナとマリンが笑顔で映っている写真の数々をぼんやりと見つめた。


1時間目終了のチャイムが鳴った後の休み時間、ナオはいてもたってもいられず、ルナの様子を見に保健室へ向かった。


すると、保健室に向かう途中、運動場のブランコを1人でこいでいるルナを見つけた。


まだチャイムが鳴ったばかりで、運動場にはルナ以外誰もいない。


声をかけようか―。


でも、今は一人でいたい気分かもな―。


悩んでいると、6年3組の教室から職員室へと階段を降りてきた東川先生に声をかけられた。


「おう、ナオ。そんなところで立ち止まって、なに見てるんだ?」


「先生、ルナの様子が気になって保健室に行こうとしたら、ブランコしてて......」


ナオはブランコをこいでいるルナを指さした。


「あはは、やっぱりか」


東川先生は笑った。


「ルナは昔から、イライラしたり気持ちがしんどくなっちゃったりしたとき、大抵1人で運動場のブランコをこぎに行くんだ。授業中でも、お構いなしでさ。最初はどうしたらいいのか先生も困ってたんだけど、ブランコをこぐことで少しでもあいつの気持ちが落ち着くなら、それでいいかなって、最近は目をつぶってるよ」


「そうなんですか」


「ブランコをこぐと、イライラや不安な気持ちが落ち着くんだってさ。そう言われると、なんか分かるような気がするなあ。先生はさすがにもうブランコには乗れないけどな、重さで壊れちゃったら大変だから」


先生はそう言って笑った。


しかし次の瞬間、先生は急に真剣な表情になった。


「あのさ、ナオ......。先生、しばらく悩んでたんだけど、やっぱり本当のこと全部ナオに話したほうがいいのかなって思って。ちょっと、職員室に来てくれるかな」


「本当のこと、ってなんですか?」


「前ちょっとだけ話した、中東マリンのこと。さっき、ナオがアルバム見てたとき、ルナに聞いてた子だよ」


先生はそう言うと、職員室のドアを開けて、ナオを手招きした。


ナオは先生の後に続いて職員室に入ると、ドアを閉めた。

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