第10話
放課後、ナオは東川先生に言われた通り、職員室を訪れた。
「ごめんなナオ、放課後に来てもらって。すぐ終わるから」
職員室に入るなり、東川先生は明るく声をかけた。
「転校して3ヶ月くらい経つけど、学校はどうだ?だいぶ慣れたか?」
「はい」
「そうか、よかったよかった」
先生は笑うと、次に声のトーンを少し低めて、ここからが本題だと言いたげな調子で、話題を変えた。
「ルナのことだけど......。朝は嫌な思いさせてごめんな。本人も反省してる感じだったし、許してやってくれ」
「ああ......。もう、大丈夫です。びっくりしたけど」
「そりゃ、びっくりするよなあ。先生、あのあと空き教室でルナと話してて、なんでナオが着てた服が嫌だったのか聞いたら、教えてくれたんだ。ナオにも話していいって言われたから、話そうと思うんだけど」
ナオは黙ってうなずいた。
「実は6年3組には、もう転校しちゃったけど、1学期まで中東マリンって子がいたんだ。そのマリンって子が、ルナと1番仲が良くて、親友って感じだった。で、マリンが、今朝ナオが着てたような水色のトレーナーを、転校する前によく着てたんだよ。もしかしたら全く同じ服かもしれない。それで、ナオの服を見たときに、マリンのことを思い出して、急に気持ちがしんどくなって、パニックになっちゃったらしいんだ」
「そうだったんですか......」
「ナオも、3ヶ月くらいルナと同じ教室で過ごしてきて、気付いてるかもしれないけど。ルナは結構、ちょっとしたことでパニックになることがあって。泣くくらいならいいんだけど、ひどいときは周りが困ったり傷ついたりするようなことを言っちゃったり、やっちゃったりするときがあるんだ」
ナオは、黙って東川先生の話に聞き入っていた。
「だから、卒業までに、また今日みたいなしんどい想いをナオにもさせてしまうかもしれない。もちろん、そうならないように先生も気をつける。でもルナも、周りを困らせたくてそういうことをしているわけではない。それは確かなんだ。ルナ自身も、どうすればいいのか、どうして自分がそんなことをしちゃうのか分からないみたいなんだ。そのことをナオも、ちょっとでも分かってくれると先生はとても嬉しいし、ルナはもっと嬉しいと思う」
先生の言っていることは、ナオにもなんとなく分かった。
「わかりました。大丈夫です、僕は。だから、心配しないでください」
ナオは、先生の目をまっすぐ見て伝えた。
強がりではなく、本心だった。
いずれルナに、今日よりもっと深く傷つけられてしまう日が来るかもしれない。
でも、それはそのときに考えたらいい。
とにかく、自分のことを必要としてくれているルナの存在が、ナオには大切だった。
普段静かなナオが、思いの外はっきりと言葉を発したことに、東川先生は少し驚いた様子だったが、すぐに
「そうか、それならよかった」
と微笑みながら大きくうなずいた。
「困ったことがあったら、いつでも言うんだぞ。じゃあ、気をつけて帰ってな」
先生はそう言うと、ナオの肩を叩いた。
「さようなら」
ナオは先生に挨拶して職員室を出た。
家に帰る途中の道で、ルナとすれ違った。
ルナは、今朝のことはもうすっかり忘れたかのように、明るくナオに話しかけてきた。
「あ、ナオちゃん!まだ帰ってなかったの?私もう、ランドセル家に置いてきたよ。これからおつかい行くの」
「ちょっと、東川先生に呼ばれてて」
「呼ばれたのって、私のことでしょ?」
ナオは東川先生との話題を言い当てられたことに驚きつつ、曖昧に笑った。
即座に「違うよ」と嘘がつけるほど、ナオは器用ではない。
「やっぱり。今日私も昼休みに先生に言われたよ、ナオちゃんのことあんまり困らせるなよって。私がいたら困る?」
「そんなことない、大丈夫だよ」
今度は即座に答えた。
「大丈夫」の言い方は、東川先生と話していたときよりも、さらに力強くなった。
嘘や社交辞令が大の苦手なナオが、すぐに「大丈夫」と答えられたのだから、やっぱり大丈夫なんだと、ナオは自分の気持ちに安心した。
「よかったー!じゃあ、これからも、よろしく!おつかい行ってくるね」
ルナもナオの言葉に安心し、元気よくスーパーマーケットへと駆け出していった。
ナオは「こちらこそ、よろしく」と心の中で声をかけながら、ルナの後ろ姿を見送った。
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