第8話

ナオにとって、月曜日というのは何度経験しても緊張するものだった。


土曜日、日曜日と2日間学校に行かず、3日ぶりの登校となる月曜日は、とても気が重い。


しかし今週は、いつも以上に憂鬱な月曜日だった。


ルナと一緒に花火大会に行く約束を断らなければならない。


ルナの勢いに押されたとはいえ、「ルナちゃんとなら行きたい」と言ったのは自分なのだから。


登校すると、ルナは少し元気がないように見えた。


「おはよう」という挨拶も、どこか表情が固い。


休み時間は、明らかに様子がおかしかった。


いつもならルナは、休みの日にあったこととか、推しのアニメキャラの話とか、絶え間なくナオに話しかけるのに、今日は黙って1人で絵を描いていた。


明らかに元気がない。


土日になにか嫌なことがあったのだろうか。


元気がないルナに、花火大会の話を今したらさらに落ち込ませてしまう。


そう考えると、ナオは言い出せなかった。


この日は一緒に帰ることもしなかった。


月曜日はクラブ活動があるが、ナオとルナは別々のクラブに入っていて帰る時間も違うため、いつも別々に帰っていたのだ。


花火大会は金曜日で、今日はまだ月曜日。


話をするのは、明日でもまだ間に合うだろう。


明日にはきっとルナも元気になっているはず。


ナオはそう言い聞かせ、結局月曜日に花火大会の話をすることはなかった。


火曜日。


いつも通りのルナに戻っているだろう、というナオの期待に反して、ルナの様子は今日もおかしかった。


相変わらず休み時間は1人で絵を描いているし、挨拶や最低限の会話しかナオにしようとしないし、声や表情はさらに暗くなったように感じる。


おまけにルナは

「ごめん、今日は用事があるから先に帰るね」

と言い、昨日に続いて一緒に帰ることはなかった。


結局、今日も言い出せなかった。


水曜日。


今日こそは元気になっているかな?


元気になっていますように―。


ナオは祈りながら教室に入ったが、ルナの様子は全く変わらなかった。


花火大会は2日後だ。


さすがに、前日にドタキャンするのは申し訳なさすぎるし、もう本当に今日しかない。


焦っていたナオは、喉から声を絞り出すようにして

「今日は一緒に帰れる?」

とルナに聞いた。


「うん、大丈夫」


ルナはやはり元気のない声だが、そう答えた。


帰りの会が終わり、いつも通り東川先生とクラス全員でジャンケンをして、2人は校門を出た。


帰り道もルナはずっと黙っていた。


ナオは沈黙を破るように

「ルナちゃんに、謝りたいことがあるんだけど」

と声をかけた。


「え、なになに?」


ルナは興味を持ったのか、ちょっとだけ明るい声と表情でナオのほうを見た。


「一緒に行こって約束してた、花火大会のことなんだけど」


''花火大会''という言葉を口にした途端、ルナの表情がこわばった。


だがナオはなるべくルナの表情を見ないようにして、まくし立てるように続けた。


「実は僕、昔から花火の音がすごく苦手で......。花火の大きい音を聞いたら、しんどくなっちゃうから、だから、もしルナちゃんと一緒に行って、しんどくなっちゃったらルナちゃんに迷惑かけちゃうから、花火大会行くのやめる、自分から行きたいかもって言ったのに本当にごめん」


ナオは自分でもビックリするくらい、ものすごい勢いでルナにそう言って謝った。


「え......。ウソでしょ」


ルナの声が冷たく響いた。


「ごめん」


「信じられない」


「本当にごめん」


「私もだよ!」


「......え?」


ナオはそらしていた視線を、ルナに向けた。


「私も、一緒!お母さんと何年か前に花火大会行ったとき、花火の音がうるさくてギャーギャー泣いてたら、お母さんが ''うるさい!もう一生連れていかない!''って怒って、それがトラウマで、ずっと花火だいっきらいなの。人がたくさんいるのもなんかイライラするから嫌い!」


「うそ......。じゃあ、なんで」


「ナオちゃんが、私となら行きたいかも、って言ってくれたとき、初めてナオちゃんのほうから誘ってくれたのがすごく嬉しかったし、私もナオちゃんが隣にいたら安心するから行けるかも、って思ったの。でも、お母さんに言ったら、''また花火の音で泣き叫んで、相手の子に迷惑かけるから、絶対行くな''ってめっちゃ怒られて......。お母さん、怒ると怖いし、私もそう言われたら自信なくなっちゃって。もう諦めるしかないなって思って、それで早くナオちゃんに断らないとと思ってたけど、なかなか言えなかったの。だから、ナオちゃんも同じだったんだって今知って、めっちゃビックリしてる!」


「そうだったんだ......」


ナオは聞きながら、ずっと抱えていた心のつかえが少しずつ取れていくのを感じた。


「ナオちゃんも私とまったく一緒だったんだね。私たち、やっぱり両想いだね!」


ルナはそう言いながら、満面の笑みを浮かべた。


ナオは、久しぶりにルナの笑顔を見れたことが、心の底から嬉しいと思った。


そして、そう思ったってことは、やっぱり自分はルナのことが好きなんだと実感した。


「ねえナオちゃん、もしかして、雷の音とかも苦手?」


「うん、めっちゃ苦手」


「一緒!じゃあ、運動会のピストルの音は?」


「チョー苦手」


「じゃあじゃあ!眼医者さん行ったとき、あごを台に乗せられて、眼にプシューって変なの入れられるのは?」


「今すぐ逃げだしたいくらい、苦手!」


「すごっ!全部一緒だー!」


ルナはケラケラと笑いながら言った。


ナオもつられて笑った。


「私とナオちゃん、好きなものは全然違うけど、好きなものが一緒よりも、苦手なものとか嫌いなものが一緒のほうがいいよね」


「そうかな?」


「そうだよ!だって、苦手なものが一緒だったら、しんどい気持ちとか大変な気持ちとかお互い分かるでしょ。そういうの相手に分かってもらえたら、自分も嬉しいし、一緒にいて楽だもん」


ルナに自信たっぷりにそう言われると、ナオもそんな気がしてきた。


「やっぱり私たち、両想いー!」


ルナは大きな声でそう言うと、こだわりの帰り道の方向へと、キャッキャと笑いながら走り出した。


ナオはその声を聞きながら、自分も大きな声を出したいくらい軽やかな気持ちで、ルナの背中を追いかけた。

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