第7話

「来週の金曜日、友達と花火大会行くことになった」


優鈴町主催 秋の花火大会をちょうど1週間後に控えた金曜日の夜、ナオは夕食を食べながら家族にそう話した。


家族には、彼女がいることは話していない。


ルナのことを''友達''と説明した。


''私たちって、好きなもの全然違うのに、なんで付き合ってるんだろう?''


無邪気に笑いながら、そう言ったルナの声がふと頭をよぎった。


ほんと、なんで付き合ってるんだろう。


そもそも、「付き合う」ってなんだろう?


ナオは、いまいちピンと来ていなかった。


ナオの家族は、3歳上の姉であるコハル、お父さん、お母さんの4人家族だったが、お父さんはここのところ残業続きで、夕食は外で食べて帰ることが多い。


今日も外食らしく、食卓にお父さんのご飯はなかった。


「秋に花火大会なんかやるの?」


姉のコハルは、初めて花火大会のポスターを見たときのナオと同じセリフを口にした。


「っていうか、あんた友達できたんだ。よかったじゃん」


コハルは夕食の唐揚げを口に入れた状態で喋るので、モゴモゴ言っている。


「毎年恒例らしくて。隣の席の子と仲良くなって、一緒に行く」


「それはよかったけど......。ナオ、花火苦手じゃない。大丈夫なの?」


不安そうに聞いてきたのは、お母さんだった。


「そうだ、忘れてた!ナオが2年生のときだっけ?家族で花火見に行ったら、あんた花火の音が怖いって、大泣きしたよね」


コハルは今度は食べ物を飲み込んでから喋ったので、なにを言っているかはっきりと聞き取れた。


ナオの胸が、ルナと花火大会に行く約束をしたときと同じように、チクチクと痛んだ。


2年生の頃、花火大会で大泣きしてしまったことは、ナオもはっきりと覚えていた。


花火がどかーん!と打ち上げられたときの大きな音にびっくりしてパニックになってしまい、泣き叫んだのだ。


いつも大人しくて聞き分けが良く、なにか嫌なことがあっても滅多に泣かないナオが突然泣き出したので、お父さんもお母さんも慌てて、「わたがし食べるか?」とか、「あっちに射的の屋台あったよ。やってみる?」とか、必死にナオを泣き止ませようとしたが、無駄だった。


花火が大きな音で打ち上げられるたび、ナオの泣き声もどんどん大きくなっていき、周りの人たちはジロジロとナオを見ていた。


どれだけ時間が経っても全く泣き止まないナオを見かねた両親は、花火大会が始まって早々に、ナオとコハルを連れて家に帰ることにしたのだった。


コハルは当然「花火始まったばっかじゃん」と口をとがらせたが、大泣きしているナオの姿を見ると、従うしかなかった。


それ以来、コハルが友達と花火を見に行くことはあったが、吉成家全員で花火を見に行くことは1度もなかった。


「でも、それって低学年のときの話だから......。もう6年生だし、たぶん大丈夫なはず。テレビとかで花火の映像見ても、平気だったし」


ナオはそう言いつつ、自信はまったくなかった。


「テレビで見るのと、生で見るのとでは音の大きさも迫力も全然違うよ。あんた、ついこの前カミナリが鳴ったときも、パニックなってたじゃん。花火も一緒でしょ」


コハルが追い討ちをかける。


彼女の言う通りだった。


1ヶ月ほど前、自宅のすぐ近所でカミナリが10分にもわたって鳴っていたとき―。


''ドーン!''という落雷音がするたびに、ナオは恐怖のあまり身体が硬直し、目に涙を浮かべ、身動きがとれなくなってしまったのだ。


雷が完全に鳴り終わって「もう大丈夫よ」とお母さんが呼びかけても、30分くらいは頑なに耳を塞いだまま動けなかった。


もう6年生なのでさすがに声をあげて泣きはしなかったが、低学年くらいまでは、雷でも花火と同じように泣き叫んでいた。


花火の音でも、生で耳にするときっと同じようになってしまうだろう。


耳を塞がずにはいられず、身体が硬直し、最悪の場合は泣いてしまう......。


そんなナオの姿をルナに見られたら、きっと馬鹿にされて大笑いされてしまう。


笑われるくらいならまだいい。


ナオの姿にびっくりして、ルナに心配をかけてしまったら、ルナにとっても花火どころではなくなる。


ルナはきっと、秋の花火大会をとても楽しみにしている。


自分のせいでルナの楽しみを潰したくはない。


「どうしよう。耳栓して行こうかな」


「耳栓して出かけるなんて危ないでしょ。それに、友達に耳栓してることがバレたら最悪だよ。それか、いっそ''花火の音がうるさくて苦手だから、やっぱり無理''って断っちゃえば?」


コハルの言葉に、ナオは首を横に振った。


「ダメだよ。自分から、''行きたい''って言っちゃったから......」


「えー!あんたから誘ったの。どうして?」


コハルは目を丸くした。


黙って聞いていたお母さんも、びっくりした様子だ。


「友達に''行きたい?''って聞かれて、最初は''面白そう''ってごまかしたんだけど、''それって行きたいってことじゃん''って言われて......。それでつい、''行きたいかも''って言っちゃった」


「相手の勢いに押されちゃったんだ。ナオって昔からそういうとこあるもんね。最初から''行きたくない''ってハッキリ言えばいいのに」


コハルは呆れた顔で言う。


その通りだ。


そもそも、花火大会のチラシの話なんかルナにしなければ、こんなことには―。


すると、ナオとコハルのやり取りを静かに聞いていたお母さんが、口を開いた。


「自分から''行きたい''って言ったとしても、ナオがしんどい想いするくらいなら、やっぱり正直に話して、断るべきだと思うよ、お母さんはね。だって、友達と遊べるのは、花火大会だけじゃないよ。花火がないお祭りだっていくらでもあるし、6年生にもなったら、映画とかも友達同士で行けるだろうし。それに......。断ったら友達に悪いと思って、ナオが無理して行っても、ナオはしんどいだけだろうし、無理して行くほうが友達にもっと悪いと思う」


お母さんは真剣な顔で、はっきりとそう言った。


''無理して行くほうが友達にもっと悪い―。''


その言葉がナオの心にぐさっと刺さった。


本当にそうだ。


ルナはきっと、ナオが花火大会をすごく楽しみにしていると思っている。


本当は花火が苦手なのに、それを必死に隠して楽しそうに振る舞うなんて、ルナを騙しているのと同じだ。


それなら、はっきりと理由を説明して断ったほうがいいに決まっている。


ナオの心は一気に軽くなった。


「やっぱり、花火大会、行かないことにする。ル......友達にも、ちゃんと説明する」


ナオの言葉に、お母さんもコハルも、安心した表情でうなずいた。


''ルナ''と言いかけて、あわてて口をつぐんだことは、バレなかったようだ。


「お母さん」


「なに?ナオ」


「6年生にもなって、花火も雷も苦手って、変だよね。しかも男なのに」


「変じゃないわよ。誰にだって苦手なものはあるし、ないほうがおかしいし。お母さんは今でも、怖い話とか大嫌いだし、心霊番組とか絶対無理。ナオもコハルもなぜかそういう番組大好きだけどね」


お母さんは優しく笑った。


「私も今年中3だけど、食べ物の好き嫌いめっちゃあるし。あんたはなんでも食べるから、それは逆にすごいと思う」


コハルも無表情ではあるが、ナオを励ましてくれた。


「あとさ、ナオ。''男なのに''とか、''女なのに''とか、そういうの意味わかんない。関係ないじゃん、男とか女とか。同じ人間なんだし」


コハルは、今度はちょっとムッとした感じで付け加えた。


お母さんの温かく優しい言葉と、コハルのぶっきらぼうな優しさがナオの心に沁みた。


月曜日、学校に行ったら、ルナに謝って、断ろう。


ナオはそう強く思った。

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