第6話
「ナオちゃん、一緒に帰ろう!」
帰りの会の恒例である、担任の東川先生とのジャンケンが終わり、「さようなら」の挨拶をすると、ルナがいつものように誘ってきた。
「うん」
ナオは小さな声でうなずく。
これもいつものことだった。
ルナは帰り道、いつも色んな話をした。
好きなアニメの話、推しのキャラクターの話、YouTuberの話......。
アニメもYouTubeもほとんど観ないナオにとっては、よく分からない話ばかりだったが、それを苦痛と感じたことはなかった。
むしろ、目を輝かせて好きなことを次から次へと喋るルナの話は、聴いていてどこか引き込まれるものがあり、「へえ」とか「そうなんだ」とか、いろんな相づちを打ちながら、いつもナオは耳を傾けていた。
「ねえ、ナオちゃんはアニメとかYouTubeとか見ないの?」
ルナは一度そう聞いたが、ナオの返事は
「あんまり......ていうか、ほとんど見ない」
だった。
「えー、つまんない」
ルナは口をとがらせたが、すぐに
「じゃあ、ナオちゃんの好きなものはなに?」
と笑顔で聞いた。
「好きなもの......。本読んだり、お笑いの番組を観たりすることかな」
「えー、私どっちも全然興味ない!私たちって、好きなもの全然違うのに、なんで付き合ってるんだろう?おもしろーい」
ルナはそう言って笑った。
''なんで付き合ってるんだろう''という言葉が、ナオの心にチクリと刺さった。
でもルナは全然気にする様子もなく、足どり軽く帰り道を進んでいった。
ルナはいつも下校のとき、自分がどの道を通って帰るかに強いこだわりを持っていた。
1丁目の澤田さんの家を右に曲がって、2丁目の森本さんの家を左に曲がって、しばらく歩いたら見えてくる茶色くて大きなマンションの横を通って、自転車屋さんが見えてきたら右に曲がって―。
ルナの道のこだわりは、細部に及んだ。
ナオからすれば、明らかに遠回りだろうというルートしか通らない。
「こっちの道のほうが近いよ」
と一度声をかけたことがあるが、
「ナオちゃん、その道はダメなの!こっちで帰ろう」
と言って、譲らなかった。
なにがダメなのか聞くと、ルナは「なんでもいい!」と語気を強めた。
「いっぷく」という看板が出ている、寂れたタバコ屋の前に来ると、いつも2人は別れて、それぞれの家の方向に帰っていた。
だがその日は、「ばいばい」と別れる前に、いっぷくのすぐ隣に設置してある自治会掲示板に貼ってあった
「優鈴町主催 秋の花火大会」というチラシがナオの目に入った。
チラシには「11月10日(金) 午後8時~ 優鈴小学校運動場」
と、カラフルな文字でプリントされていた。
「11月に花火大会なんかやるんだ」
立ち止まったナオは、チラシを見ながら言った。
「そっか、ナオちゃん引っ越してきたばかりだから知らないんだ。小学校の運動場で、毎年秋に花火大会するんだよ。夏祭りみたいに、いろんな屋台も出るから、その日だけ急に夏!って感じがするらしいよ」
「らしいよ、ってことはルナちゃん行ったことないの?」
「ちっちゃいときに1回だけ行ったけど、昔のことすぎて覚えてない」
「そうなんだ」
「ナオちゃん、行きたいの?」
「え?」
「行きたいの?秋の花火大会!」
「行きたい......かは分からないけど、面白そう」
ナオは答えに詰まった。
「なにそれ、面白そうってことは、行きたいってことじゃん」
「そうなのかな」
「そうだよ!」
「じゃあ、ルナちゃんとなら、行きたいかも......。行けるかも」
ナオの声はほとんど消えかかっていた。
ルナは、一瞬驚いた表情になったが、すぐに笑顔になった。
「いま、私となら行きたいって言った?言ったよね!ナオちゃんのほうから誘ってくれたの、初めてだよね。超うれしい!じゃあ決まりね、一緒に行こうね」
ルナの言葉に、ナオは小さくうなずいた。
ナオは自分の胸がチクチクと痛んでいることに気が付いていた。
しかし、いつも明るいルナの声と笑顔に、このとき少し翳りがあったことには気が付かなかった。
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