第4話

ナオが優鈴小学校に転校して、あっという間に1か月が経ったある日。


登校すると、隣の席のルナが「いいもの見せてあげる」とナオを小声で呼び、手招きした。


なんだろうと近づいたナオが見たものは、ピンク色のシャープペンシルだった。


幼稚園から小学校低学年くらいの女の子に人気のキャラクターである、メープル天使ちゃんの顔がプリントされていた。


「これ、かわいいでしょ。メープル天使ちゃんのシャーペン、ずっと欲しくて、お願いしたらお母さんが買ってくれたんだ。学校はシャーペン禁止って知ってるけど、買ってもらったとき嬉しくて筆箱に入れてたら、家に置いてくるの忘れて持ってきちゃったの。せっかくだからナオちゃんに見てもらいたくて。授業中はちゃんと鉛筆使うから。ね、かわいいでしょ?」

「うん、かわいい」


ナオはルナの勢いに押され、うなずいた。


ナオの言葉を聞いて、ルナはとても嬉しそうな表情を浮かべると、シャープペンシルを筆箱にしまった。


それと同時に、担任の東川先生が教室に入ってきて、朝の会が始まった。


そして、ルナは言った通り、午前中の授業では学校で禁止されているシャープペンシルを筆箱から出すことはなく、ずっと鉛筆を使っていた。


事件は、給食の準備を始める頃に起きた。


4時間目の授業は音楽だった。


授業が終わり、ナオはトイレに寄ってから6年3組の教室へと向かった。


教室に戻ると、先に教室に帰ってきていたルナの席に、女子2人が集まってルナと話をしている。


ルナが女子のクラスメイトと話しているなんて珍しいな、と思いながらナオが自分の席に向かうと、どうやら穏やかな話をしているわけではなさそうだった。


「学校にシャーペン持ってきたらダメって、常識じゃん」

とルナを責めているのは、クラスの女子のリーダー的存在である、坂下セイラだった。


セイラはルナの1つ後ろの席の女子だ。


身長は160cmを優に超えており、モデルのような体型で顔も美人で、学年の中でも一際目立っていた。


「そうそう。学校のお手本にならないといけない6年生が、ルール破ってどうするのよ」

と同調しているのは、セイラの親友である宮野リアだ。


しかし2人とも、ただルナがルールを破ったことを注意するというよりは、ルナをちょっといじめてやろうと言わんばかりの、意地悪そうな笑みを浮かべている。


「持ってきただけで、使ってない。ずっと筆箱に入れてたもん」

とルナが2人に反論した。


しかし、

「持ってくること自体がダメなんだってば。そもそも使わないならなんで持ってくるわけ?」

とセイラはひるまない。


「わざと持ってきたわけじゃない。日曜日に買ってもらってから筆箱に入れたままで、家に置いてくるの忘れたの」

「そんな、買ってもらった自慢とかどうでもいいし。ていうか、6年生でメープル天使ちゃん好きとか、子どもっぽすぎるよ。変わってるし、おかしい!幼稚園児に人気のキャラじゃん」


セイラの言葉に、隣のリアは大袈裟に笑う。


セイラの言葉を聞いた途端、ルナは机に顔を伏せた。


「なに?泣くの?」

さすがにヤバいと思ったのか、セイラの声からは若干焦りが出ていた。


と、次の瞬間―。


「ぎゃーっ!!!」


ルナは自分の机を思いっきり前にひっくり返すと、椅子に座ったまま、小さい子どものように手足をバタバタさせながら泣き叫び始めた。


ルナの泣き声は、そばで見ていたナオの鼓膜が破れるかと思うほど大きく、甲高く、ナオの頭の中までガンガン響いてくるようだった。


ルナは泣き叫びながら、机に置いていたメープル天使ちゃんのシャーペンをセイラに向かって思いっきり投げつけ、また次から次へと、鉛筆やボールペン、赤ペンなど、筆箱に入っているものを片っ端から投げつけた。


セイラは

「きゃっ!」

と声を出し、飛んできた物を間一髪でよけた。


見ていた他のクラスメイトたちも悲鳴をあげたとき、担任の東川先生が教室に駆けつけた。


「セイラ、また余計なこと言ったのか」


東川先生はそう言いながら、パニック状態のルナを抱きかかえた。


「給食当番は、すぐ出発するから準備して待っとけー」


先生はクラスに声をかけながら6年3組の教室から出ると、どこか別の教室までルナを運んでいった。


「シャーペン持ってきてたのを注意しただけ」


セイラは、ルナを担ぎ込んで教室を出て行く東川先生の後ろ姿を睨みながらつぶやいた。


先生とルナが教室を出ていくと、ルナの泣き声がだんだん遠くなっていく。


「菅田は低学年のときから、誰かに怒られたり責められたりしたら、パニック起こしてワーワー泣いたりするんだ。吉成くん、あいつと仲よさそうだけど、将来結婚とかしたら大変だよ」


体育委員の大島ハルキが、ルナの様子を見て呆気に取られていたナオにニヤニヤしながら声をかけてきた。


結婚なんて、話が唐突すぎる。


ナオはびっくりしながらも、ハルキの言葉に曖昧に笑った。


ふと、ハルキの後ろに立っていたセイラとリアがナオの視界に入り、目が合った。


「ねえ、転校生の君はどう思う?学校のルールを破ってシャーペンを持ってきたルナと、それを注意した私、どっちが悪い?」

と、セイラは唐突にナオに問いかけた。


突然の2択を迫られ、たじろぎながらも、ナオは絞り出すように声を出した。


「ルールを破ることも、悪いけど......。だれかの好きなものを、ば、ばかにするのも、あんまりよくないと思う」


最後のほうは、ほとんど声が消えかけていた。


「はあ?なに言ってんの?声小さすぎて聞こえなーい。リア、給食の用意しよ」

「うんうん、なんか急にお腹すいてきた」


セイラとリアは、もうナオのほうは一切見ずに、給食当番のエプロンに袖を通し始めた。


ナオはルナのことを心配しながらも、給食の準備を始めた。

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