第3話

約束の午後4時。


ナオが優鈴公園に着いたのとほぼ同時に、ルナが現れた。


ルナは学校でいつも着ている黒のジャージ姿のままだった。


ナオは、デートだからなにかオシャレしたほうがいいのかと迷っていたが、時間がなくて結局普段着のままで公園に出向いたため、ルナの姿を見て安堵した。


ルナは公園に着くと、すぐに公園の脇に設置されている水色のブランコへ向かって駆け出し、

「ナオちゃん、となり座って!」

とナオを誘った。


6年生がブランコに座るのはちょっと気恥ずかしさがあったが、誰かから言われたことには基本断ることができない性格のナオは、静かにルナの隣のブランコへと腰かけた。


優鈴公園が位置する場所はルナの自宅のすぐ近くだったが、ルナの家は高齢者が多く住む住宅街の中にあり、優鈴公園の周りで子どもの人通りはほとんど見られなかった。


異性のクラスメイトと公園で2人きりで遊んでいる姿を同級生に見られたら、たちまち噂になることは間違いないだろうから、ナオは子どもがほとんど通らない優鈴公園は、ルナと過ごすのに最適な場所だと思った。


「なんで僕に告白したの?」

ブランコに揺られながら、ナオはルナにボソっと問いかけた。


ナオのほうからルナに話しかけるのは、2人が出会ってから初めてだった。


「嫌だった?」

「全然、嫌じゃないけど、なんでかなって思って」

「ナオちゃんなら、私のこと嫌いにならないでくれるかなって、思ったから。優しそうだし」


ルナのその言葉を理解するのには、やや時間がかかった。


ナオちゃんなら、嫌いにならないでくれる―。

それなら、他のクラスメイトは?


「ていうかナオちゃんのほうから私に話してくれるの、初めてだね。学校ではナオちゃん、ほとんどしゃべらないもんね」


ルナにそう言われ、ナオは恥ずかしくなった。


ルナの言う通り、ナオは学校ではほとんどしゃべらない。


それは、転校する前に通っていた小学校でも全く同じだった。


しゃべりたくても、うまくしゃべれないのだ。


教室のようなたくさん人がいるザワザワした場所だと、常に誰かに見られている気がする。


誰かと話していると、その会話を別の誰かに盗み聞きされているような感覚さえする。


考えすぎだということはなんとなく分かる。


それでもナオにとって、学校のような、人が大勢いる場所はとても苦手で、緊張してしまってうまくしゃべれない。


自分の痛いところを指摘され、ナオは思わずうつむいて黙ったが、ルナは全く気にする様子はなく、ブランコを勢いよくこぎながら喋り続ける。


「ナオちゃんって、お家ではよく喋るの?」

「......たぶん」

ナオはうつむいたまま答えた。


ナオは父、母、3歳上の姉との4人暮らしだったが、家では割とよく喋るほうだと感じていた。


家にいるときは、緊張して声が出にくいなどと感じたこともない。


「私、知ってる。家では喋れるけど、学校にいるときは喋れなくなるのって、バメンカンモクショーって言うんだよ。テレビでやってた。ナオちゃんって、バメンカンモクショーだ。テレビでしか見たことなかったけど、ほんとにいるんだ」


ルナは矢継ぎ早にそう言った。

まるでテレビの世界にいる芸能人と実際に遭遇したかのような、好奇心にあふれた目でナオを見ながら。


ルナが言っている、場面緘黙症という病気についての特集は、ナオも以前テレビで見たことがあった。


しかし、そのテレビ番組の説明では、場面緘黙症の症状について、自宅以外では極度の緊張から声が全く出ない、と説明されていた。


ナオは口数は少ないし緊張もするものの、しゃべりかけられたら小さい声だが答えることはできるし、自分には関係ない病気だと思っていた。


でも面と向かって「場面緘黙症だ」なんて言われると、ルナは医者でもなんでもないのに、もしかしてそうなのかなと不安になる。


ナオは、また黙ってしまった。


ルナは自分がなにかまずいことを言ったかも、なんて気にする様子は全くなく、鼻唄を歌いながらブランコをこぎ続ける。


ナオはルナの無神経さに若干あきれながら、それでも不思議と腹は立たなかった。


人生初のデートが終わった夜、家に帰るといつものように夕食を食べ、お風呂に入り、ナオは宿題をするために自分の部屋へ入った。


一人になると、改めて今日のデートの記憶が蘇ってきた。


「ナオちゃんって、バメンカンモクショーだ」というルナの言葉が、頭から離れない。


正直びっくりはしたけど、だからといって怒りの感情はほぼない。


むしろ、思ったことを遠慮せずに言えるルナが羨ましい。


ナオは自分の思っていることや考えていることを、うまく伝えられない性格だ。

家族以外の人間には、特に―。


なにか嫌なことを言われたりされたりしても、作り笑いをして気にしていないふりを装い、だまって我慢していた。


ナオの中では、自分の気持ちに嘘をついているような、小さな罪悪感が常にあった。


自分の気持ちに嘘をつかず、いつも自分に正直に言葉を発するルナは、ナオにとって憧れの存在に思えた。


明日もルナに会えるのだと思うと、学校に行くのがちょっと楽しみになった。


今まで学校という環境になんとなく苦手意識を持っていたナオにとって、それは初めての感情だった。


翌朝登校すると、ルナは早速ナオを見つけるなり、昨夜ルナが見た、推しグループの配信の話をした。


「ナオちゃん聞いて!カラフルメロンのチャママくんが生歌配信やってて、コメント欄に歌ってほしい曲リクエストしてって言われたから、’’点描の唄’’って書いたら、チャママくんがコメント拾ってくれて、歌ってくれたの!めっちゃコメントきてたのに、その中で拾ってもらえて、嬉しすぎる」


ルナは興奮した様子で、とめどなく喋り続けた。


そのグループは全く知らなかったが、ルナにとっての嬉しい体験を、ルナがナオと共有したいと思ってくれていることが、なんとなくナオにとって嬉しかった。


当初はルナに話しかけられる度に、周りのクラスメイトの視線が気になっていたが、今はほとんど気にならなくなっていた。


ナオは、当初は緊張していたルナとの時間に、だんだんと居心地の良さを感じ始めていた。

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