第42話 みらい

夏が近づいている。

もう6時を過ぎている時間でも外は明るい。


眞白さんのマンションへ向かう道は、アスファルトの割れ目まですっかり覚えてしまった。


今日は頼まれたものを持って来た。


マンションの前の駐車場から、2階を見上げた時、ちょうど、眞白さんの部屋の前に誰かが立っているのが見えた。


見覚えがある。


東奈消防署の女性消防士の、坂下さんだ。



やがて、ドアが開いて、ランニングウェアの眞白さんが出て来た。

2人は何か話しながら階段を降りてくる。


咄嗟に車の影に隠れた。

邪魔をしたくなかったから。


2人は簡単な準備運動をして、どこかに走って行ってしまった。



リハビリについて調べたノートだけ置いて帰ろうと思って、眞白さんの部屋の玄関まで行って、ドアに貼ってある紙に気が付いた。



A4の紙に、簡単な地図と矢印でコースが書かれていて、『すぐ帰る!』と走り書きされていた。



待ってて、という意味?



玄関にすがってしばらく待っていたら、階段を上がる音が聞こえた。

眞白さんは本当にすぐに帰って来た。


「前はもっと走れたのに、さぼりすぎた。入ってれば良かったのに」

「え? また鍵かけてなかったんですか?」

「未来ちゃんが来ると思ったから」


眞白さんはそう言って、鍵のかかっていないドアを開けた。



「ちょっとだけ待ってて。シャワー使いたい」

「はい」


何もない部屋の真ん中に座って、自分の書いたメモを見ていた。


しばらくして、


「未来ちゃん、ごめん! タオルとって!」


と声がした。


「どこにありますか?」

「ベランダ!」


ベランダに干してあるバスタオルを浴室に持って行った。

ドア越しにタオルを渡すと


「一人の時のクセで持って入らなかった」


と言われる。


ベランダで外を見ていると、眞白さんが服を着て出て来たので、


「見慣れてるから気にしませんよ」


と言った。


「……もしかして……大原と?」

「何で大原さんの名前が出るんですか?」

「いや……何でもない」

「大原さんとは電話で何回か話したくらいです」

「電話番号、教えたってこと?」

「聞かれたから」

「いつ?」

「随分前です」

「オレは未来ちゃんの番号知らないのに」

「眞白さんには……聞かれてないから」

「聞いたら教えてくれる?」

「はい」


眞白さんはスマホにわたしの番号を登録した。


「『みく』ってどう書くの?」

「『みらい』って書いて『みく』です。」

「未来ちゃんは、『みらい』って書くんだ……」


そうですよ、聞いてくれたの初めてですね。

心の中でそう言った。


「それで、なんで見慣れてるの?」

「え? だって実習で患者さんのからだふいたりするから」

「あ、そっか。なんだ」

「眞白さん、何か変ですよ?」

「うん。そうかもしれない」



コピーした写真を見ながら、自分でできるリハビリの方法を説明している間、眞白さんはなぜかずっとこっちを見ていた。


「どこ見てるんですか? 手の動きを見てください」

「未来ちゃんは、怒ると怖いよね」


そう言いながらも眞白さんは、ずっとこっちばかり見ていた。

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