第34話 想い

本当はただの自己満足なのかもしれない。


眞白さんのことを心配しているふりをして、自分のためなのかもしれない。


ただ、自分が会いたいだけなのかもしれない。



迷っていたら眞白さんのマンションに着いたのは6時をまわってしまっていた。



いつものようにドアフォンを押す。

返事がないので、ドアノブを回した。

やっぱり鍵はかかっていなかった。


「刑法第130条住居侵入罪」


後ろから声をかけられた。

振り向くと眞白さんが立っていた。


「まだ中には入っていません。ドア、開けたまま出てたんですか?」

「ゴミ捨てに行ってた。盗られる物何もないし」


そう言うと、ドアを大きく開けたままにして部屋に入って行った。

わたしがドアのところに立っていると


「入らないの?」


と聞かれた。黙っていると


「どうせ断っても入るんでしょ?」


と言われてしまう。


「お邪魔します」


そう言うと、今度は笑われた。


「何で笑うんですか?」

「今までそんなこと言われなかったから」


部屋の中は、昨日と違って片付けられていて、また何もないがらんとした部屋に戻っていた。


「買ってきました」


コンビニのプリンを差し出した。


「何か作ってあげようとかはないの?」

「どうやって作るんですか? ここお鍋とかないし。包丁やまな板すらないじゃないですか」

「そうだった」


様子が変だった。

やけに明るい。


「今日は、どうしてたんですか?」


少し間があった。


「志保理の……葬式に行ってた。おじさんとおばさんには、顔を見たくないって言われてたんだけど、志保理の弟が消防署の方に連絡をくれて。そこからこっちに連絡があった」


わたしは、ただ黙って眞白さんを見ていた。


「もう、こうなることがわかってたから全部準備してたって……葬式の準備を先にして……志保理の死を待ってたんだ……」



それは、死を待ってたんじゃない……

心をなんとか現実に向き合わせようともがいてたんじゃないか、って思ったけど……

きっと、今言っても伝わらないだろうから、黙っていた。



「『来てくれてありがとう。』って言ってもらえたけど、全部終わったんだと思ったら……何もなくなってしまった」


眞白さんは笑っていた。



違う。

笑うとこじゃない。



「病室で眠っている志保理と、葬式の会場で眠っている志保理は、同じ顔だったんだ。なのに、何が違うんだろう?」



人は……あまりにも悲しすぎると、泣けなくなる。

わたしは、母の死でそれを知った。



「何で……そっちが泣くわけ?」

「眞白さんの代わりに泣いてるんです」

「オレは別に泣きたいわけじゃない」

「わたしは泣きたいです。大切な人ともう2度と会えないんだから」

「……違う。オレはどこかでほっとしているんだ」

「そんなふうに思わないで」

「オレは卑怯だよ……志保理のことしか考えられないのに、未来ちゃんに甘えている。そんなやつほっといた方がいい」



なんでだろう……

それが「いなくならないで」って聞こえてしまうのは、わたしの思い上がりなのかな……



「約束します。わたしは眞白さんをひとりにはしません」


背の高い眞白さんに、わたしは精一杯背伸びをして、ふれたのかもわからないようなキスをした。


眞白さんは、わたしの肩に顔を埋めた。

そして、ようやく、泣いた。

声は出さなかったし、何も言わなかったけれど、確かに泣いていた。


「いなくなったりしませんから。だから、安心してください」



わたしはあなたが好きだから。


志保理さんを好きな眞白さんを好きになったんだから。

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