第30話 嘘

今日も学校が終わって急いで眞白さんのマンションに来た。


昨日、あんなふうに追い出されたことを考えると、今日ここに来るのには勇気が必要だったけれども、来ずにはいられなかった。



ドアフォンを押す前に深呼吸をする。


今日は、ドアすら開けてくれないかもしれない。

でも、昨日、インターフォンで確認もせずにドアは開けられた。

それなら、今日もそうかもしれない。


人差し指でドアフォンを押した。

音は確かに鳴ったはずだけど、出てくる気配がない。


留守なのか、また来ると言ったから居留守なのか……


どうせ鬱陶しいと思われているなら、どうしたって変わらない。

そう思って、ドアノブを回した。


鍵はかかっていなかった。


そっとドアを開ける。


部屋の中は電気も付いていなくて、静かだった。


寝ている?

ドアの鍵を開けたまま?


「眞白さん?」


声をかけたけれど返事はなかった。


「入りますよ?」


部屋に入ると、暗い中、眞白さんがまたお酒を飲んでいるのが見えた。

昨日片づけたばかりなのに、テーブルや床の上にはまたたくさんのお酒の缶が散乱している。

一日中飲んでたの?


「飲み過ぎです」


そう言って、空き缶を片付けていった。


最後の空き缶を手にした時、眞白さんが、黙って、そっと、後ろからわたしを抱きしめた。

自由に動く方の手で優しく。


「志保理がいなくなったからって、好きにはならないよ」


まるで試しているかのように、残酷なことを言う……


「わたしもあなたを好きにはなりません。看護師を目指してる人ならみんな、身近で無茶なことをしている人をほっとけないはずです」



嘘ばかりつくようになった。


相手を困らせないための嘘。


自分を守るための嘘。



眞白さんはずっとわたしを抱きしめていた。



だから、そのままじっとしていた。



わたしは志保理さんの代わりになれない。



でも、ほんの少しでも眞白さんの気持ちが救われるなら、なんだってする。



しばらくして眞白さんが眠ってしまっているのに気がついたので、そっと手を振りほどこうとしたら、起こしてしまった。


「もう、飲まないでくださいね。わたし帰るので、鍵をかけてください」

「ああ……なんだ眠ってたのか……ごめん。遅いし、送って行くよ」


そう言って眞白さんが微笑むのを見てようやく気が付いた。


どうして今まで気が付かなかったんだろう?


今までだって、眞白さんは、ちっとも笑ってなんかいなかったんだ。


「眠れそうですか?」

「ああ……うん」

「すぐそこからバスに乗りますから、そのまま寝ちゃってください。酔っぱらいに送ってもらうより走った方が早いです」

「あ……」


まだ何か言おうとした眞白さんをほっといて、わたしは玄関に向かうと、外に出た。


「鍵、かけてくださいね」


誰もいないところに向かって独り言のようにつぶやいてから、マンションの階段を下りた。



優しい眞白さん。

他人を傷つけずにはいられない眞白さん。

悲しみから抜け出せない眞白さん。

全部の眞白さんを、言葉でならいくらでも「好きじゃない」って言える。


ただ、ただ、何もできないことがもどかしい。

わたしのしていることに意味なんてないのかもしれない……

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