第18話 ずっと
「じゃあ、日向さん、午前中血圧測れなかった人のとこまわるから、ついて来てね」
山野辺さんに言われ、スタッフステーションを出ようとしたところで、モニターをチェックしていた看護師の人から呼び止められた。
「柳さんの心電図乱れたから様子見て来て」
「失礼します」
志保理さんの病室に入ると、すぐに男性の後ろ姿が目に入った。
山野辺さんについて行き、モニターが置かれている側に回ろうとして、男性が点滴のチューブに触れないように、志保理さんの手に自分の手を重ねているのが見えた。
高校生の時からずっと志保理さんを思い続けている人……
好奇心に負けて、男性に目を向けてしまった。
「あ……」
無意識に出てしまった声に、男性がこちらを向いた。
「……看護師だったんだ」
「違いますよ。まだ看護実習生です」
この人が、8年間志保理さんだけを、想い続けている人……
山野辺さんがちらっとこっちを見て
「先に行ってるね」
と言い、病室を出て行った。
言葉なんてかけられるわけがない。
「失礼しました」
とだけ言って、山野辺さんを追った。
病室を出たところで、呼び止められる。
「待って。昨日行けなくて、ごめん。本当にごめん」
ああ、この人は、こんな話ですら、志保理さんの前でしたくないんだ……
「ちょっとだけ待ちましたけど、すぐに帰っちゃいました。だから気にしないで下さい」
理由がわかったから。
昨日、志保理さんはICUに運ばれた。
眞白さんは、ずっと志保理さんのそばにいたんだ。
患者さんが不安にならないように、笑って声をかけられるように、1人で鏡を見ながら何度も練習をした。相手を見ながら、頭の中は切り離して、楽しいことを思い浮かべて……
思い浮かぶものが全部、眞白さんの笑った顔になってしまった。
「実習の途中なので」
だから言えたのはそれだけだった。
顔を見られないようすぐに背を向けて、わたしは急いでその場を後にした。
早く、忘れて。
忘れて。
目の前のことに集中して。
自分の心の中を切り離して。
目の前の、患者さんのことだけ考えて。
何度も何度もそう心の中で唱えながら、その日一日を過ごした。
その日は実習が終わるのが少し遅くなったせいで、更衣室に行くと誰もいなかった。
同じ脳外の実習の子達とも時間をずらしたせいもあるけど。
ひとりで良かった。
こんな顔誰にも見られたくない。
あふれてくる涙をとめられないまま服を着替えた。
『願いごとはひとつだけだから。それ以外はどうでもいい』
そう言った時の眞白さんの顔を、わたしははっきりと覚えている。
眞白さんの『願いごと』がわかってしまった。
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