第10話 慣れないこと

「風鈴」に着いてお店の人に聞くと、奥の座敷に案内された。


「こんばんは」

「あ、未来ちゃん!」


一番に坂下さんが声をかけてきてくれた。


「どうぞどうぞ」


一番若そうな人に坂下さんの隣の席を薦められる。


「未来ちゃん、レギンスわざわざ新しいの買ってくれたんだね。ごめんね」


坂下さんに申し訳なさそうに言われた。


「坂下さんのおかげでとっても助かったので」

「土曜日に署に来てた子だよね?」


左隣りの人は、土曜日に署の前でわたしに声をかけてきてくれた人だった。


「あの時は、ありがとうございました」

「僕は何もしてないよ」


七海と香奈は初対面だからどうかな、と気になって見ると、楽しそうに話をしているのが見えてほっとした。


「名前、未来ちゃんって言うの?」

「はい、日向未来です。」

「僕は大原大地です。未来ちゃんは坂下さんの……友達?」

「友達、かな?」


大原さんが笑ったのでつられて笑ってしまう。


「何飲む?」

「お酒は苦手なんで、ウーロン茶を」


もう一度七海と香奈を見たら、もうすっかり溶け込んでいて、何かの話で盛り上がっていた。


「眞白さんとも知り合いなんだよね? あれ? 未来ちゃん何歳?」

「21歳です」

「社会人じゃないよね?」

「学生です」



「え? 走りませんよ。今飲んでるから」



その声が大きかったので、声のした方を向いてしまった。

最初に席を薦めてくれた、一番若そうな人が誰かとスマホで話しているところだった。



「非番のみんなと……坂下さんが女の子呼んでくれたから……未来ちゃんと七海ちゃんと香奈ちゃん……いつものとこです。切りますよ?」



わたしの名前が出たので電話の内容が気になってしまった。


「何?」


誰かが聞いた。


「先輩が今から走ろうって言うから断ったんですよ」

「あいつらしいな」

「絶対走りませんよ。あの人と走ったら距離が半端ないから」

「いえてる」


単に名前が出ただけで意味はなさそうだった。


「友達、結構飲んでるみたいだけど大丈夫?」


大原さんに言われて、七海と香奈を見ると、ジョッキでビールを飲んでいた。


「大丈夫だと思います。飲みに行ってもあの2人が酔ってるとこ見たことないから」

「それなら良かった」


大原さんは優しそうな人だった。それにずっとにこにこしている。


「坂下さんがLevi好きなの知ってる?」

「知ってます。みなさんファンクラブに入ってるんですよね?」

「そう。入らされてる。この前コンサートの抽選があった時、僕のIDで申し込んだのが全滅だったからって、怒られたんだよね。『努力が足んない!』って。何の努力したらいいと思う?」


思わず笑ってしまった。


「それで、『眞白を見習え。』って」


「そうだよ、見習えよ」


頭の上から声がして、見上げると眞白さんが立っていた。


「どけよ」


眞白さんが言うと、


「はい」


と、大原さんはそれに従った。

わたしがじっと見ていると


「縦社会だから。オレの方が先輩なの」


と悪気もなく言ってのけると、さっきまで大原さんが座っていたところに座った。


「眞白さんは来ないって聞いてましたけど?」

「オレがいないから来てたの? だったら……」


そう言って席を立とうとしたので、思わずシャツの端を引っ張ってしまった。

それでまた、眞白さんはそのまま座った。


「何? あんたいつも来ないじゃん」


眞白さんに気がついた坂下さんが話かけてきた。


「千田に走りに行こうって誘ったら、未来ちゃんたちと飲んでるからってフラれたんだよ。それで暇になったから顔出した」

「どうせ飲まないくせに」

「未来ちゃんだって飲んでないじゃん。これウーロン茶だよね?」

「はい」

「ほら、ウーロン茶同士仲良くやっとくから。坂下は浴びるよう飲め」

「言われなくても飲むよ」


どうやら坂下さんはだいぶお酒が好きみたいだった。


「おい、眞白、お前が未来ちゃんとるから、大原が泣いて助けを求めに来たぞ!」


テーブルの端から年長と思われる人が声をあげた。


「そんなこと言われても、未来ちゃんはオレのだから」

「大原、先輩の言うことは絶対だから、諦めろ」


そのやりとりを聞いていて戸惑っていると、眞白さんはにこやかな顔でわたしを見て言った。


「ごめんね。酔っ払いのノリだから。本気にしないで」



こういう冗談には慣れてない。


だから、隣で笑っている眞白さんが気になってしまった。

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