第47話 君との思い出
袋の中に楽譜を戻す前に、まだ中に残っているものも取り出してみる。もう大事なものを見て申し訳ない気持ちよりも、山石君の思い出に触れられる喜びの方が勝ってしまって手を止められなかった。
まず手に取ったのは白黒一対の碁石だった。ベッドに飛び込んだ時これが当たって音がしたみたい。きっとこれは前に言ってた初優勝の時の碁石に違いない。初優勝は小学生の時って言ってたから、これをこっそりいただいた山石少年は多分今よりもわんぱくな子だったんだろう。でも碁盤を見つめる時の真剣な目つきは高校生の山石君と変わらない鋭さで、年上の人たちにも物怖じしないで優勝を勝ち取ったんだろう。どうやって喜んで、どんなことを言って、何を感じてたんだろうか。聞きたいこと、気になること、知りたいことが次々と思い浮かぶけど、今となってはそれを知る術はもうないことに少し胸の奥がしんしんとなった。
気を取り直して、碁石の次に見つけたのは家族写真だった。ご両親がまだ若かったけどその面影を残しており、その下にいる少年が幼き日の山石少年だった。元気そうにピースサインを作って映っている横には碁盤が置かれ、その隣には柔らかく微笑んでいるお爺さんが座っていた。きっとこれが山石君の師匠のお爺さんだ。優しい表情がどこか山石君と似た雰囲気をかもし出している。みんなとても穏やかな顔をしていて、山石君の幼少期が幸せなものだったことを物語っている気がした。
他にも袋の中からは山石君の思い出の品であろう物たちが続々と出てきた。昔流行ってたキャラクターのカードや小さなおもちゃ、中には松ぼっくりやただの小石なんかも入っていて、きっと山石君の楽しい思い出や成功した思い出に繋がる何かなんだろうなと想像しながら見ていた。でも、それらの思い出は想像することしかできなくて、実際のところを確かめたくてもそれができないのが苦しかった。山石君と出会ってから比較的たくさんの時間を一緒に過ごしてきた自負はあるけど、まだまだ知りたいことや聞きたいことはたくさんあった。私の話ばっかりするんじゃなくて、もっと山石君の話を聞けばよかった。山石君がどんな人生を歩んできて何を感じてきたのか、もっと山石君のことを知るのに時間を使えばよかった。後悔先に立たず、失ってから「たられば」がとめどなくあふれ出してくるのだった。
全てを出し終えたかと思って袋の中を覗いてみると、何か小さな紙切れみたいなものが残っていた。そっと袋から取り出してみると、それは押し花にされた桜の花びらだった。裏側に小さな字で入学式の日、つまりは私たちが出会った日付が書いてあった。
「大事な人に出会えた日」という文字と一緒に。
途端に一気にあの日の光景がフラッシュバックしてくる。桜並木のピンクと金に染まった髪の毛の鮮やかな色彩、思わずつぶやいてしまった言葉、睨まれて怖かった気持ち……細部まで鮮明に覚えてる私たちの始まりの日。
……一緒だったんだ。山石君にとっても、あの日は、私たちの出会いは、大事な思い出になってたんだね。
山石君について知らないこともたくさんあるけど、出会ってから一緒に作ってきた思い出だってたくさんあったんだよ。たくさんの時間を一緒に過ごして、色んなことを2人でやってきたんだから。
そうだ。この中に2人の思い出や私の宝物も足していこう。そうしたら、山石君との思い出をいつまでも残して思い出せるし、2人の想いが詰まったお守りにもなる。
そう思いついて早速コンクールの賞状を千切り、袋の中に入れる。デートの時に買った絵や碁石も放り込む。そうして山石君の物と私の物、2人の思い出をごちゃ混ぜにして袋の口を閉じる。そして、もうどこかに入れ忘れることがないように、机の引き出しに大切に仕舞っておく。
山石君のことをいつでも、いつまでも思い出せるように。
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