第46話 君のお守り
お母さんは握っていた手を離すと、おもむろにポケットからスマートフォンを取り出して私に手渡した。
「これ……あの子の携帯。これはあなたに持っててもらいたいと思うの。別に重く捉えないでほしいんだけど、もし必要なかったらあなたの好きにしてもらっていいから。私たちが必要なものは全部コピーしたから、それはもうあなたのものにして。」
「そんな……こんな大事なもの受け取れません。」
「いいの。こうさせてほしいの。きっと、いえ絶対にあの子もそれを望んでるはずだから。あっ、好きにしていいって言ったけど、1回でいいから中身は見てあげてね。ちょっと見ちゃったんだけど、あなた向けのものも入ってるから。」
スマホを手渡してきた手は力強く、固く握られていて固辞することを許さない静かな気迫があった。
「……分かりました。大切に、大切にします。」
私の言葉を確認したお母さんは安心したように笑ってその手を離した。後に残った小さな金属の板はずしりと重く、確かにここにあるんだということを強く主張しているようだった。
ベッドの上にこぼれ落ちていたのは、1つは山石君のスマートフォンだった。そして、もう1つはコンクールの時に山石君からもらったお守りだった。コンクールの後にそのままコートの中に入れっぱなしにしてたみたい。ベッドに飛び込んだ時に聞こえた異音はこのお守りの中から鳴ったようだ。
まだ山石君のスマートフォンを覗く勇気は出なかったので、お守りの方から眺めてみる。ただの巾着袋に山石君の宝物を詰めたものだから、袋の口が開きかけて中に入っている紙切れの端が少し見えている。お守りの中身を盗み見るなんて罰当たりな気もしたけど、好奇心には勝てなかった。山石君も別に開けちゃいけないとか言ってなかったし。などと言い訳をしながら、まずは顔を出していた紙切れを取り出してみる。
それは小さく折りたたまれた楽譜だった。文化祭で合唱した曲のやつだ。譜面を見てみると山石君の字でメモがびっしり書いてあった。指揮をする際に気をつけるべき注意点や曲の特徴なんかが書き込まれているみたいだった。その真面目な筆跡に山石君を少し感じて、おかしくなって笑みがこぼれてしまった。今となっては彼の癖のある文字一つ一つでさえも愛おしい。しばらく譜面の中で山石君との思い出を振り返った後、もう一度袋の中に戻そうと思って折り始めたら、裏面に手紙のようなものが書いてあるのが目に入った。読んでみると、それは山石君からの応援メッセージだった。
「森野さんへ
これからここに恥ずかしいことを書き連ねるので、できればこれはお守りとして誰にも見られないまま処分されることを願います。
このが楽譜はお守りとして渡す予定なので、森野さんの力になりそうなことを書きたいと思います。
まず、森野さんは明るく物怖じをしない性格なので、どんなことがあっても前向きに挑戦できる人です。僕自身、森野さんのそんな物怖じしない性格に救われました。今回のコンクールやこれから先の挑戦で困難なことや恐ろしいことに直面しても、きっと前向きに立ち向かって良い結果を残すことができます!そして、多くの人の心を救ってくれるようなピアニストになれます!絶対!!
また、すごく頑張り屋さんな一面もあります。そういうお年頃なのか、天才肌と思われたいのか分かりませんが練習していることを隠したりするからどのくらい努力してきたのか僕も全ては把握していませんが、僕が知っている範囲でもたくさんの努力し続けています。時々こちらから止めないとずっと頑張り続けてしまうのが心配だけど、その努力し続けられる根気強さや集中力の高さは才能の一種だと思います。きっと将来努力の成果が表れて大物になるに違いない!その時はサインください!
ただ、優しくて気を遣いすぎてしまうことがあるので、そこも心配ではあります。勝負事の時には気を遣いすぎず、もっとわがままになって本来持っている我の強さを発揮できるように念を込めておきます。我が強いってのは良い意味でです。
森野さんみたいな素敵で努力家な人は他にはいません。だから、森野さんはきっと大丈夫!正しく行った努力は必ず報われる!!
絶対絶対成功しますように!頑張れ!頑張れる!!頑張るしかない!!!僕が持ってる運や念力(もし持ってるなら)は全部全部あげるから森野さんの力になりますように! 山石陣」
真っ直ぐな言葉で書かれ、読んでるこっちが恥ずかしくなるような内容で、いつも素直に気持ちをぶつけてくれていた山石君らしい手紙だった。
しかし、山石君はこんな風に思っていたのかと分かって嬉しい反面、こんなことを思いながら接していたのかと思うと、こみ上げてくるものは恥ずかしさの方が強かった。
でも、できるならこんな風に読むかどうかも分からない手紙に書いてくれるだけじゃなくて、生きてるうちに直接教えてほしかったなぁとも思ってしまう。素直なんだけどちょっと言葉足らずな山石君の一面が垣間見えたような気がして、それはそれで楽しいひとときだった。
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