第27話 私の本番前
「それじゃあ、行ってくるね。配信、絶対聞いててよね。」
コンクールの日の朝、私は山石君の病院を訪れていた。全国大会の会場は都内だったため、少し時間の余裕があった。最近は少しでも時間ができたら足を運ぶようにしている。
「ちょっと待って。これ……はい、お守り。」
手渡されたのは小さな巾着袋だった。持ってみると少し重みを感じる。
「これ、何か入ってる?」
「うん。合唱祭の時の楽譜とか初タイトル取った時にこっそりもらった碁石とか、縁起が良さそうなものを詰め込んでみた。」
「そんな、大切なものなのに……いいの?」
「うん。今は何でもいいから森野さんの力になりたいから。」
「分かった!この想いに応えられるように頑張ってくる!」
油断すると泣きそうになってしまうのは、初めてお見舞いに来た時からずっと変わらないけど、必死で笑顔を取り繕いながら出発する。
また山石君から大切なものをもらってしまった。いつもいつももらってばっかりだ。お返ししなきゃいけないものがどんどん増えていく。これは、今日の演奏で返せるように全力を出し尽くさなくちゃ。決意を新たにコンクール会場に向かった。
会場の控え室はこれまでとは桁違いの緊張感に包まれていた。それもそうだ。今までこのコンクールで入賞した人は、海外のコンクールに出られたり、事務所から声がかかったり、何かしらプロ活動へのきっかけを得られているそうだから自然と力も入るってものだ。
例に漏れず高まる緊張に手先が冷えて指が固まりそうになる。急いでカイロを取り出そうとポケットに手を入れると、指の先に今朝もらったお守りが当たった。取り出して少し振ってみるとカラカラと音が鳴る。これは初めてタイトルを獲った時の碁石なんだろうな。音楽室の片隅で碁盤と睨めっこして考え込む山石君の姿を思い出すと、ふと肩の力が抜けて独り微笑んでしまう。いつの間にか手先にも血が回るようになって指も動かしやすくなっていた。カイロなんかよりもこのお守りの方がよっぽど効き目があるみたい。
若い番号の人たちが次々と名前を呼ばれ、舞台に吸い込まれていく。出番が近づいてくるにつれて徐々に増してくる緊迫感に息が詰まりそうになる。あまりの重圧に耐えきれなくなって、一旦抜け出そうと思いロビーへと足を向ける。ロビーはがらんとしていて人の姿はほとんど見られず、気を落ち着けるにはうってつけだった。大きく深呼吸をして周りを見渡す余裕ができると、1つの挙動不審な人影に気がついた。何かを探すような動きをしているその人物を目を凝らして見つめてみると……それは裕子だった。友達を引き連れて今日の演奏を聞きに来たものの、迷子になってるみたいだった。裕子はバレー一筋の生粋の運動少女だからコンサートホールなどに来る機会はほとんどなかったに違いない。目が合ってこちらを認識した途端、飛び跳ねるようにこちらに向かってきた。友達置き去りにしてるけど。
「……つばめ!今日こそは応援させてもらうんだからね!応援団ってほどじゃないけど、つばめの演奏を聞きたいって子と集まって来たの。」
見知った顔もあれば他のクラスで関わったことのない人もいた。ホントに色んな人に声を掛けてくれたみたいだった。口々に激励の言葉を送ってくれたけど、その返事にまごついてしまう。最近は山石君とばっかり話してたから初対面の人とか緊張してしまった。
「客席は見えないかもしれないけど、私たちはちゃんと応援してるからね!それに、山石君も応援してくれるって言ってるんでしょ?頑張ってね!」
裕子が最後に励ましてくれるために、背中を叩いて送り出してくれた。いちいちやることが体育会系なんだけど、今はそのテンションがありがたかった。その勢いのまま控室に戻ると、緊張し直す間もなく私の番号が呼ばれてた。袖で待機している間も、自分でも驚くくらい気負いも緊張もしなくなっていた。私には応援してくれる親友がいる。応援に来れなくても心の支えになってくれる大切な友達がいる。みんなの顔を思い浮かべてたら、不思議とリラックスできて気合いだけが満ちていく。
一つ前の演奏者が弾き終わり客席から拍手が聞こえてくる中、ポケットに忍ばせたお守りを握りしめる。
一生懸命届けるんだ、みんなに。山石君に。
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