第26話 君のお母さんは強い女性だった
ひとしきり泣き終えて廊下のソファで気持ちを落ち着かせていると、1人の女性が声をかけてきた。
「ごめんなさい。もしかして、あなたが森野さん?」
「……えぇ、あの……」
言葉が出てこない代わりに小さく首を縦に振る。
「あぁ、やっぱり。突然ごめなさいね。私、山石陣の母です。今日友達が来るって言ってて。いつもあの子が話してたのはあなたのことばっかりだったから、そうなんじゃないかなって思って。」
慌てて立ち上がって挨拶しようとしたが、制止されて一緒にソファに腰掛ける。
「病室から出てくるのが見えて、声掛けさせてもらおうかと思ったんだけど……やっぱり気づいちゃったのね。あの子がいきなり化粧してくれって頼んできたの。びっくりしたんだけど、弱ってる姿を見せたくないって言ってね。馬鹿よね、そんなことしても大して変わらないのに。」
「いえ……山石君は、多分私に気を遣わせたくなかったんだと思います。いつも自分よりも私のことを考えて動いてくれる人なので……」
「そっか、それはあの子も幸せな出会いができたのね。」
「……そうなんでしょうか。私は山石君にもらってばっかりで……」
「ううん、そう言ってもらえるのが幸せなのよ。自分じゃなくて相手のために、相手の幸せを考えて行動したくなるような人と出会えたことは、それだけで幸せなのよ。」
「そんな……私は弱っていく山石君を支えてあげられてもないし、もらってばっかりで何にもしてあげられてないのに……」
「何言ってるのよ。うーん、私からあなたに話したって言わないで欲しいんだけど……知ってるかもしれないけど、あの子中学はほとんど病院生活だったの。そのせいで同年代の友達も全然いなかったのよ。高校に上がる頃には病状も落ち着いてきたから、本人の希望をあって学校に行くことにしたんだけど。ほら、空回ってたじゃない?相当緊張してたみたいでね。だから、あなたに話しかけてもらって、あなたと友達になったことが本当に嬉しかったみたいね。毎日のようにあなたの話ばっかりだったのよ……病気が悪化してきてからも……実はかなり大変な治療もあったの……それでも、あの子、森野さんとまた一緒に学校行きたいからって。きっと辛かっただろうに弱音一つ吐かないで、なんとか今日まで……あなたのおかげでこの1年、あの子は本当に楽しそうで……本当に、ありがとう。」
途中から涙ぐみながら、それでも強く前を向いて話すお母さんの姿から目が離せなかった。
「……もし、あなたが負担じゃなければ、これからもあの子に会いに来てもらえる?」
「それは……もちろん!私も山石君との時間はとってもとっても大切なものなので!」
お母さんと別れの挨拶をして病院を後にする。お母さんの様子からしても、きっと……もう山石君の病気が良くなることはないんだろう。
私にできることなんてほとんどないのかもしれない。でも、少しでも山石君のためにできることがあるなら何でもやろう。そう決心すると、自然と前を向いて歩くことができた。そのためにも、コンクールだ。絶対結果を残して山石君を喜ばせてあげなくちゃ。
その日から練習の合間にできるだけ病院を訪れるようにした。毎回山石君は何事もないかのように笑顔で迎えてくれて、私も何も気づいていないふりをしながら、時にはお母さんを交えて他愛のない話をして帰るだけだったけど、山石君と過ごす時間一つひとつを心に刻むように噛み締めるようにして時間を過ごした。
そして、コンクール当日を迎えた。
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