第23話 君は入院中何を思っているの
口を滑らせたついでに山石君が入院している病院も先生から聞き出し、仮病を使い早退して病院に向かう。
病院に行く途中、バスの車内で今までの山石君との思い出が蘇る。まるで走馬灯みたいに……違う、思い出したくない……思い出すんじゃないの。これからたくさん一緒に思い出を作るんだから!
バスの中では実際の何倍もの時間が経ったように感じられたけど、なんとか病院に着くことはできた。でも、病院の前に立つと怖気づいて足が進まなくなる。急いでやってきたのに、早く山石君に会いたいはずなのに、足が一歩も踏み出せない。もし、山石君が寝込んでたりしたら、管で繋がれてたりなんかしたら、そんなの耐えられる気がしない……
それでも、それでも居ても立ってもいられなくて会いに来たんだから、どうなっていても山石君に会わなきゃ。
もう一度深呼吸をして、決意を固めながら一歩ずつ近づいていく。どんな姿を見ても決して動揺する素振りを見せない。そう心に決めたのを何度も反芻して病院の自動ドアから踏み入れる。
受付で聞きだした病室までたどり着いて最初に目に入ったのは、ベッドから上体を起こして外を眺める山石君だった。最悪の想定よりもはるかに元気そうな様子を見て小さく安堵のため息が漏れる。涙なんか見せちゃいけない。まばたきを繰り返してから顔を上げた。
「……えっ、森野さん?今、学校じゃ?」
こちらを振り返り不思議そうに見つめる顔は少しやつれたように見えるけど、表情は普段と変わらないものだった。
実は大したことなかったのかも。前も検査ばっかりって言ってたし、みんな神経質になりすぎてるだけなんだ、きっと。
思ったよりも元気そうで安心したのもあって、妙に楽観的に考えることができた。ほっとしたおかげで、心配したことや学校のことなど話したいことがたくさん思い浮かんできて、早く色んな話がしたくて、何気なく近づいていった。すると、カーテンの影に隠れていた大きな機械がよく分からない数値を映し出しながら、何本もの管を山石君の右手の袖の中に伸ばしているのが見えてしまった。
頭の中でいくらでも浮かんでいた話題が一気に真っ白になってしまった。大したことないわけないじゃん……数秒前の楽観的すぎる自分に嫌気が差す。表情を崩さないよう必死で耐えたが、胸が詰まって言葉がうまく出てこない。
「えっと、山石君、体育の先生に聞いちゃった……あの、対局の途中に倒れたって……」
「あぁ、あの先生か……簡単に口滑らしそうだもんね。そう、倒れちゃったから棄権になった。負けちゃったよ。」
山石君の口調は意外にもさっぱりとしたものだった。
「それは……その……」
こういう時に気が利いた言葉が出てこず、これまで負けていった人達を気にかけてこなかった人生を後悔する。
「悔しくないわけじゃないんだけどね。でも、こういうこともあるさ。こんなことでいちいちめげてても仕方がないし。次のタイトル戦もあるから、まだまだこれからだよ。」
言い終えると同時に外に向けられた目を見て気がついた。きっと、山石君には同じようなことが今までに何回もあったんだ。そのたびに同じように、仕方ない、次があるって自分に言い聞かせて何度も気持ちを切り替えてきたんだ。いや、切り替えるしかなかったんだ……
「そ、そうだよね!私はいつでも音楽室で弾いてるし、また一緒に練習しよ!」
自分ながらありきたりで変哲のない返事に呆れてしまう。
「……うん。また森野さんのピアノを聴けるのを楽しみに元気になるよ。そういえば、担任の先生は――」
元気になるよ、その言葉を言う瞬間だけ笑顔が曇ったような気がした。けど、すぐにいつもの笑顔に戻って雑談が始まったから確かめる術はなかった。
その後、世間話をそこそこにしてお昼前には病院を後にした。山石君は最後まで笑顔を絶やすことなく、思ったよりも元気そうだった。もちろん、すぐに治るような病気じゃないだろうことは察しがついたけど、きっとすぐに良くなってひょっこり音楽室に顔を出してくれるに違いない。
そんな期待というか願いというか、そんなことを考えていないと落ち着いて座ることもできなかった。
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