第22話 どうして大事な時に君はいつも
スマホで調べて結果を見てしまおうとする悪魔と本人の報告を待とうとする天使の囁きに心を揺さぶられ続けていた。いつもならあっという間に終わるのに今週だけはなめくじのようにのっそりと時間が進む週末だった。天使と悪魔の戦いはぎりぎりのところで天使が勝利して、はやる気持ちを抑えながら学校に登校するという珍しい月曜日を迎えた。
もしかしたら垂れ幕なんかがかかってたりして。でも挑戦権獲得しただけだからまだ早いか。でもあの体育教員のことだから教頭にせがんでるかもしれない。それで教室がまた一騒ぎ起こってたりして――
などと想像しながら校門をくぐってみても、垂れ幕がかかっていることはなかった。教室に入っても山石君のことで騒いでいる人がいることもなく、いつも通りの空気に少し寂しい気もしたけどまぁ仕方がない。私も山石君と出会うまでは囲碁についてなんにも知らなかったしね。きっとタイトルを取ったらみんな大騒ぎするに違いない。今日のところは山石君からの報告だけで我慢してあげよう。
そう思い直して山石君が登校してくるのを待つ。……待つ。朝練が終わった裕子がやって来る。まだ待つ。遅刻間際の時間にぞろぞろと人がやってくる。まだ待つ。結局、チャイムが鳴り始めても山石君が来る様子はなかった。
嫌な記憶がフラッシュバックする。いてもたってもいられずホームルーム終わりに担任の先生のところへ行って山石君が来ない理由を訊ねる。
「あー……まぁあれだ。体調不良でしばらく休むって言ってたかな。」
担任の先生が全く嘘がつけない性格というのがよく分かる。あまりにも歯切れの悪い返答がただの体調不良ではないことを物語っている。けど、それ以上の情報は引き出せそうになさそう。一応守秘義務みたいなのもあるだろうし。こんな時に口が軽くて息をするように情報をしゃべってくれそうな人なんていればいいのに……いるよね。あの人がいるじゃないか。
今回は職員室向かう途中で目的の人物を見つけることができた。相手もこちらを認識したみたいで、一瞬気まずそうな顔をしたと思ったら私に会わないように引き返していった。
「先生!おはようございます!今ゲッて顔して逃げましたよね。」
廊下を走って体育教員に追いつく。少し行儀は悪いけど緊急事態だから許してもらいたい。
「や、やぁ、森野さんいたんだ。全然気づかなかったなぁ。」
「……まぁいいですけど。今朝も山石君休んでるんですけど何か知りませんか?」
「えっ、いや……担任の先生は何って言ってたんだ?」
「体調不良って。でもそんなわけないじゃないですか。」
「い、いやいや、先生が体調不良って言ったら体調不良なんだろ。」
こんなに反応が悪いなんて明らかに動揺している。何か知ってるに違いない。
「そうですか。でも週末にあんなことがあったから私心配で……先生もあの瞬間見てました?」
週末のことなんて何も聞いていないのに、あたかも全て知っているふりをする。今ならアカデミー賞主演女優賞だって狙える気がする。
「そうだよな!あれはほとんど勝ってたのにな……倒れるにしても対局が終わってからとかだったらまだ……ってこれは不謹慎だな。」
「倒れる!?山石君、対局途中でまた倒れたんですか!?」
その瞬間、体育教員はまたやってしまったという顔になった。続きを話すかどうか躊躇っていたけど、結局事のあらましを全て教えてくれた。
「誰にも俺から聞いたなんて言うなよ。山石のやつ、対局の終盤で倒れて救急車で運ばれてな。結局、対局は棄権になるし、まだ病院から退院できてないって話で……」
それからまだ何か言っているみたいだったけど、頭の中はそれどころじゃなくて何も聞こえたくなってしまった。
山石君が入院って……中学の時の病気はやっぱり良くなってなかったんだ……ここ最近体調崩してたし……
嫌な情報ばかりがどんどん連鎖していき、意識が遠くなるような気がして足元から崩れ落ちそうになる。いつの間にか呼吸が浅くなってたみたい。我に帰ると酸欠防止のために何度か深呼吸を繰り返した。
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