第21話 君と私の2人の時間

 やっと人の目から自由になれたのは放課後の音楽室だった。しばらく音楽の先生に捕まっていたけど練習を口実に1人にしてもらった。全国大会の曲を練習しないといけないのは本当なんだけど、今はとにかく人のいない場所に行きたかった。

 気を取り直して全国大会の課題曲の練習に取り組む。何回か弾いた後、見つかった修正箇所を直していると音楽室の扉が開く音がした。

「ここが全国大会に出場するあの森野つばめさんの練習場所ですか?」

 白々しく他人行儀な台詞を吐きながら入ってきたのは山石君だった。

「やめてよ、山石君まで。隣で大はしゃぎして発表聞いてたくせに。」

 第1位発表の時に私よりも緊張していた山石君は、私の名前が呼ばれた時に誰よりも早く大きく喜んでいた。本人である私よりも。そのせいで優勝したのは山石君だと勘違いした人がいたほどだ。

「その節は大変失礼しました。だってすごいことなのに本人がすんってしてるんだもん。」

「私が喜ぼうと思ったら誰かさんが大騒ぎし始めたのよ。」

「それは……すいません。」

 山石君は小さくなりながら部屋の隅で碁盤を用意する。パチッパチッと小気味よく石をを打つ音が聞こえてくる度に、少しずつ呼吸が楽になるような気がした。今まで無意識に肩に力が入っていたみたい。今日初めて安心して過ごせる時間がやってきた。

「そういえば、今練習してたのって全国大会で弾くやつ?」

「そうだけど。」

「かなり有名なやつも弾くんだね。さっきのやつとか聞き覚えあったよ。」

「あぁ、コンクールの課題曲って意外と有名な曲多いんだよね。ちなみに、今弾いてた曲ってなんだか山石君っぽくない?落ち着いてたかと思ったら、いきなり盛り上がってくるところとか。弾いてると山石君が思い浮かんできて気持ちが落ち着くから好きなんだよね。だからコンクールでも最初に弾く曲にしたんだよ。……あっ、思い浮かぶって言ってもそんないつもいつも山石君を考えてるってわけじゃなくてっ!……ふと思い出すみたいな……それに好きっていうのは良い雰囲気っていうか好きな空気感というか、そんな感じだから……何言ってんだろ、私?ごめんね、引いちゃった?」

 なんだか途中から変に意識しすぎて余計なことまで口走ってしまった。恥ずかしい。

「ううん。僕も森野さんと一緒にいると落ち着くから好きだよ。」

 きっとフォローのつもりで言ってくれてるんだろうけど、言葉が直球すぎて逆に恥ずかしさが増してしまった。

 赤くなる顔を隠すようにピアノに向かい、課題曲の練習を再開する。全然集中できていないけど、とにかく手を動かす。山石君の方を覗き見ると、碁盤を一生懸命見入っているが手は進んでいなさそう。きっと同じように集中できていないんだろう。少し耳が赤いような気がする。

 落ち着かないような、でも決して居心地は悪くない時間が流れる。

「そうだ!今週末は山石君の対局だよね?」

 集中できる気がしないから今日の練習はもうお終いにすることにした。

「あっ、うん!今週勝った方がタイトル戦の挑戦者になれるんだ。これに勝ってさらに勝ってタイトル取ってやっと森野さんに肩を並べられるくらいって感じかな。」

 即答するところを見るに、山石君も今日はお終いにする様子だ。碁石を片付け始めている。

「いやいや、私もそんなにすごい成績でもないから。でも、目標にしてたタイトルまであと少しだね。」

「そうだね、気合い入れてかなきゃ!……森野さん。」

「ん?何?」

「……もし今週も勝ってタイトル戦でも勝てたら……今度こそ一緒にどこか行きませんか?」

「あっ、この間のことなら気にしなくていいのに……でも、楽しみにしてるね。」

「よし!これで気合十分!絶対に勝って勝って勝ちまくるぞ!」

「空回りしないようにね。」

 大げさに振る舞う山石君と笑って談笑しながら音楽室を片付けて帰り道につく。

 そんな調子で練習をしながら息抜きに少しのおしゃべりをしていたら、あっという間に週末を迎えることとなった。山石君の運命の一戦は本人の希望もあって、応援に行くこともできず週明けの報告を待つことになっている。

「知り合いに見られてると緊張してうまく力が出せないんだよね。」

 ということらしい。だから、近所の神社にお参りに行って、そこで出会ったミャーコと一緒に必勝祈願をするくらいしかできることはなかった。

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