第12話 君に誘われると嬉しい私

 教室に戻るとさっきまでの興奮が冷めない様子でみんな騒いでいる。

「惜しかったよねー。」

「絶対1位だと思ったのに。」

「本当に。ピアノはダントツで1位だったよね。」

 合唱の結果はというと、惜しくはあったが学年2位という好成績を収めることができた。山石君のおかげで緊張も解けてみんな十分実力を発揮できた成果だ。

「それにしても、歌う前の山石君かっこよかったよね?」

「思った!ドキッとしちゃった。」

「山石君って最初怖かったけど、実は結構イケメンじゃない?」

「確かに、ありよりのありだよね。」

「明日誘っちゃおうかな。」

 高身長で物腰も柔らかく素直で優しい、それに囲碁が超強いから頭もいいはず。年度当初のインパクトの強さで今まで隠れていたけど、たしかに山石君は優良物件に違いない。やっとそれが人々に認められ始めたことに大満足な一方で、少しだけ寂しさもある。これは、あれだ。今まで小さなライブハウスで細々と応援していたインディーズバンドがメジャーデビューして一気に人気になる時に感じるのと同じやつだ。きっと。

 噂の山石君は男子生徒に囲まれて楽しそうにお喋りをしている。クラスにも打ち解けたみたいだし、きっと明日一緒に回る約束をしている人もいるんだろうな。実は明日山石君が一緒に回る人がいないなら……と思って一応予定は空けておいたけど、これならその心配はなさそうだな。

 放課後、まだ捕まっている山石君を横目に見ながら1人で帰路に着く。最近合唱の練習なんかで誰かと――といっても主に山石君だけど――一緒に帰ってばっかりだったから、久々に1人で歩いているとなんだか落ち着かず周りの景色が妙に気になってくる。特に道行く人の顔が気になってしまって、ジロジロ見てもいけないから自分の影踏みをしながら帰っていると、生垣の隙間に挟まるように座っている猫の大将を見つけた。

「大将久しぶり!相変わらずでっぷりちゃんだねぇ。愛くるしいねぇ。」

 近寄っても一定の距離をとって触らせてくれないのも相変わらずか。でもその貫禄のある姿は見ているだけでも癒される。

「も……森野さーん!待って……」

「山石君じゃん。どうしたの?」

 走ったせいで息を切らしている山石君が呼吸を整える。もやしっ子はちょっと走ったらすぐ疲れるんだから。

「いつの間にかいなくなっちゃうから、追いかけてきた。その……明日、一緒に回る……とかどうかなって。」

「えっ、一緒に回るって文化祭?」

「うん。」

「私とあなたが2人で?」

「他に誰か見えてる?そしたら怖いんだけど。」

「文化祭を一緒に見て回るの?」

「それ以外に解釈しようがないと思うんだけど。」

 まさかの諦めていた山石君に文化祭に誘われてしまった。山石君に誘われた!?

「でも……他の人とは?」

「いや、まぁ……断ったけど。」

「何で!?せっかく友達ができてきたのに。」

「だって森野さんが1番の友達だし。」

「1番の……そっか、そう言うなら……まぁいいでしょう。1番の友達である私が一緒に回ってあげましょう!」

「いきなりちょっと上から目線になったよね?でもまぁ、オッケーしてくれたからいっか。明日が楽しみになってきた。」

 満面の笑みで楽しみとかよく言うよ……こういう時にも素直なんだからこっちの方が恥ずかしくなる。

「あっ、そういえばこの猫さん。山石君が抱っこしてた子だよね。」

 顔を逸らすために話題を変える。

「本当だ。部長、今日も貫禄たっぷりですね。」

「部長って名前なの?私勝手に大将って呼んでた。」

「僕も勝手に部長って呼んでる。この貫禄が部長っぽいなって。」

「私もおんなじ理由。このでっぷりした感じがいいのよね。」

「そうそう。部下が何人もいそうな顔してるし。」

 2人とも同じようなことを考えていて、一緒に吹き出して笑ってしまった。

「毛並みはつやつやだからきっと飼い猫なんだろうけど、どこの子なんだろうね。」

「いつもどこからともなく現れるもんね。いつか本当の名前も知りたいね。」

 大将のおかげで空気が和んだけど、私はいつも通り話せてるのかな?明日誘われたことを思い出す度に、実はこっそり胸が大騒ぎしている。明日になるのが楽しみなようなちょっと不安なような変な気分を抱えたまま、きっと不自然になってる笑顔を張り付けて山石君と談笑しながら帰ったのだった。

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