第11話 君のおかげで迎えた本番
ちょうどその時、アルトパートが曲の入りから練習しようとしていた。パートリーダーの合図で歌い出す声に合わせて、キーボードの上の指を動かしてみる。音楽室の時と同じように自然と動いてくれた指は、合唱の声と協奏して次々と音をつむぎ出していった。やった!みんながいても弾けた。
アルトパートの人たちは少し困惑したようだったが、山石君が音に合わせて指揮を振ってくれたおかげもあって、歌声を途切らせることなく出し続けてくれた。教室の四隅に散らばって各自のパートを練習していたソプラノパートの人たちや男の子たちも異変に気づき、そろそろと近づいてきた。そして、誰からともなく歌声を重ね合わせて、いつの間にか全体の合唱となっていた。
演奏が終わり、最後まで弾けたことへの余韻に浸ろうとした。けど、集まってきていたクラスメイトに口々に感想や質問を浴びせかけられて余韻どころではなくなっていた。
「めっちゃ上手じゃん!」
「なんでこんなに弾けるの?」
「これ優勝狙えるんじゃない?」
「本当にキーボードの音?こんな響くものなの?」
質問に答えて忙しくしている途中、輪の外でこちらを見ていた山石君と目が合う。その時、ほらね、弾けたでしょ。と口が動いているような気がした。山石君はこうなるって分かってたのか。なんだか山石君の手の平の上で転がされたような気がして素直にありがとうとは言いたくないけど、弾けるようにしてもらったことは心の中でだけ感謝しておこう。
1度弾けるようになると、弾けなかった頃が嘘のようにスラスラと指が動いてくれる。本番前の音楽室でのリハーサルでグランドピアノを弾いた時も、少し緊張はしたものの山石君の指揮やみんなの歌声のおかげで最初から最後まで弾き切ることができた。
そして迎えた文化祭初日。クラス合唱の本番の日だ。もうピアノに不安はない。練習でも何度も弾いてきたし、不本意ながら指揮者との相性もばっちりだった。万全の態勢を整えて私たちの発表の順番を迎えることができた。
ステージ横に控えている時、最後に出だしのところを確認しようと思って山石君の方を見ると、肩をこわばらせながら全身で震えていた。一点を見つめてほとんど瞬きをしていない。というか全く瞬きをしていない。もはや瞳孔も開いちゃってそうな勢いだった。意外なその姿が可笑しくなってつい吹き出してしまった。その音で我に返ったのか、山石君は驚いたようにこちらに向き直った。
「何?何に笑ったの?」
「だって……ふふっ、山石君、ガッチガチなんだもん……」
「そりゃ……僕は人前に出るのが得意じゃないし、緊張もするよ。」
「初耳だけど。じゃあなんで指揮なんて立候補したのよ?」
「それは、まぁ、あれだよ……森野さんにだけ大変なことさせるのは悪いし……」
つまりは、山石君は私のトラウマを克服させてくれるために、悪役になって無理矢理ピアノを弾かせるだけじゃなくて、自分も苦手な仕事に立候補したってこと?えっ……いい人すぎない?菩薩なの?菩薩系男子なの?
「べ、別に理由はそれだけじゃないけどね。高校ではできることなら何でも挑戦したいって思ってて。」
「そっかぁ、山石君、今株が急上昇しすぎてて止まらないんだけど……まぁ、私に言えることは一つだね。大丈夫!山石君なら大丈夫だよ。」
お返しとばかりに満面の笑顔で親指を立ててあげた。それを見た山石君も自分の真似をされたと気がついたようで、ふふっと小さく笑ったのを見逃さなかった。少しは緊張が解けたかな。
前のクラスの発表が終わり、係の生徒に促されてステージに並ぶ。一番最後に登壇した山石君が指揮者台に上って客席に一礼する。山石君が向き直って腕を振り上げたのを合図に、みんな歌い出しの準備をする。何度も練習した流れだ。けど、今日の山石君はそこですぐに振り始めず、満面の笑顔でみんなの顔を見回して最後に私の方を見て頷いた。
「うん。みんな、大丈夫。」
みんなにギリギリ届くくらいの大きさで小さく呟いてから振り始める。この一連の動作のおかげでみんなの肩から自然と力が抜けたような気がした。口から、指から音が流れるように溢れ出した――
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