2 みかりんとツキモリ

 いつもの広場には松明が置かれ、この場を明るく照らしていた。そして中央には巨大なかがり火が焚かれていた。


 いつの間にか森の木々がその枝葉に氷をまとい始めていた。


 ななみーーーーん。ななみーーーーーん。


 ななみんの遠吠えが森にこだました。


 木のうろに座っていたアオイの目が細くなった。


「ツキモリ、みかりん」


 ふたりが声もなく立ち上がる。みかりんが指笛を吹くと、風のような速さで巨大バナナが飛んできてみかりんの後ろで止まった。


「くれぐれも、無茶をするなよ」


 アオイは言った。


「どうやったって、あいつを倒すことはできない。ぼくたちがやらなければならないのは国民を守り、被害を最小に食い止めることだけだ」

「わかってるわよ。あたくしを誰だと思ってるの?」


 ツキモリが小さく笑った。アオイもニヤリと笑った。


「シモヒガシヨシヲ四世の亡き後、その汚い金を集める当初の目的を知ってて『魔人まぁじん凍るこぉるなんてあんなの伝説。いるわけないし、来るわけない。いたとしてもそんなにすぐに来ない、来ない』と浮かれて散財を繰り返した悪の女王」

「追放する前に教えてくれればよかったのに」

「教えたところでやめる人じゃないだろう、あなたは」

「よくご存じで」


 ちらりとみかりんを見た。


「……だいじょうぶ?」

「お、おう」


 みかりんはぎこちなく笑った。


「ビビってんじゃないわよ!」


 ツキモリはその背中をバン、と、叩いた。


「行くよ」


 みかりんはがくがくとうなずいた。前にツキモリが乗り、その後ろにみかりんがまたがった。


「行くぞ、バナナ!」


 みかりんの号令に、バナナが浮かび上がった。


 闇を切って進みながら、


「くーっ、さみいぜ」


 みかりんが体を震わせた。


「これじゃ、あんまり近くまでは行けねえな。……くっそ」


 そう、一人ごちた時だった。ツキモリが口を開いた。


「あんたほんとは男の子なの?」


 みかりんの頬が強張った。


「な、なんだよいきなり!」

「壁の中では、あんたを魔法少女にしたがってたみたいだから」


 するとみかりんはようやくほっとしたように笑った。魔人まぁじん凍るこぉるの話を聞いてから初めて見せる笑顔だった。


「ほんとおまえ、どうでもいいことが気になるんだな」


 みかりんは声を上げて笑った。


「あたしは、ずっと女の子になりたかった。だから、バナナ魔法少女になった時、うれしくてそのまま街を飛び出した」

「なるほどね。で、今は? 楽しい?」


 みかりんは体を傾けて前方を見た。


「サイッコーに楽しいに決まってんだろ!」


 速度を上げた。


 風がさらに冷たさを増す。

 土埃のにおい。イノシシたちの血のにおい。肉のにおい。

 そして。


 どどどどどど。


 朝焼けの空に浮かぶのは、黒いイノシシたちの大群。


「行くぜ」

「どうぞ」


 みかりんは高度を落とした。地面すれすれで飛びながら、


「バナナ、発射!」


 巨大バナナの両脇から小さなバナナが飛び出し、地面に水平に飛ぶ。


「燃えよ、バナナ!」


 ツキモリが両腕を突き出すと、その十本の指から炎が噴き出した。その炎がバナナを包み、イノシシの群れに突っ込んでいった。前列にいたイノシシたちが次々と倒れる。そしてそれを踏み越えるイノシシたち。

 みかりんは一度高度を上げ、上空を旋回してからまた最前列の前へ。


 ばばばばばば。


「ちっくしょう! らちが明かねえ!」

「熱くなるんじゃないわよ」


 ツキモリはにやりと笑った。


「こんなの、テキトーでいいの」

「はあっ⁉」

「もう一回行くわよ!」


 バナナはもう一度上空に上がり、旋回して最前列へ。


「あたくしたちは、あたくしたちのベストを尽くすのみ!」

「倒れるところまでやらないのがあんたらしいな」

「当たり前じゃないの」


 ツキモリは両手を突き出した。


「死ぬために生きるなんてつまんない。生きてる間は存分に楽しまなくちゃね、何事も。おーほほほほほほ」


 さらに強い炎が飛び出して、大量のイノシシを焼き殺したことは言うまでもない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る