10 森にて
森には一足早く冷たい風が吹き始めていた。
アオイの木のうろがある少し開けたところには、ツキモリとみかりんがいつになく真剣な表情で黙々と作業をしていた。
ツキモリは大きなナイフで熊の毛をはぎ、となりではみかりんがクマの肉を切り分けていた。二人のそばにはまだ、クマが三頭、シカが四頭、ウサギが五羽並んでいた。
「ななみん、ななみん」
口々に叫びつぶやきながら、ななみんズが美しい紫色の花を咲かせた草をその肉片の中に埋めこんでいるのだった。
実際、ななみんズは、根元から引き抜かれたその花と同じくらいの背丈しかないのだが、二人がかりで花を裁断し、二人がかりで肉をおさえて、一人があけた小さな穴の中に潜り込んで埋めて、また戻ってくる、ということを繰り返していた。
「アオイはどこだよ」
ミカリンがイライラと声を上げた。ツキモリは返事をしなかった。
確かに、いつも座っている木のうろにも、この周辺にも姿は見当たらない。
「ったく。なんだよ、あいつ一人だけサボりやがって」
ミカリンが毒づいた。その表情が暗い。不安でたまらないのか、時々、「なんだよ」「くせえよ」などと文句を言っていた。ツキモリは黙って作業を続けている。
ずずっ、と、何かを引きずる音がした。
「アオイ様は、大変な仕事をなさっている。余計な詮索はするな」
スズメだった。首に巻いた白蛇は口から体へと真っ赤な血を滴らせ、今にもとびかからんばかりにカマ首をもたげている。一方の手にはその小さな体には似つかわしくないほど大きな鹿の角を持って引きずっており、もう片方の手にはななみんたちが裁断している花を持っていた。どこにそんな力があるのだろう。スズメは絶命した鹿をほかの獲物のとなりに置き、持っていた花をななみんズのそばに置いた。
「これが最後のトリカブトだ。これ以上抜いてしまうと次回の為に残せなくなる」
「次回はそんなに早く来るのか」
ツキモリがぎょっとしたようにたずねた。スズメは鋭い視線をツキモリに投げた。
「……それがわからないから皆がいつも警戒しているのだ。前回は、九十年前」
その厳しい口調に、ミカリンは思わず手を止めた。ツキモリは小さく、
「……まさか、次がこんなに早く来るとは思ってなかっただけじゃない」
と、言い返したが、それは独り言にしかならなかった。
「あー、疲れた」
ミカリンはナイフを放り投げてその場に座りこんだ。ちらりとななみんズを見て、
「あたし、そっち手伝おうか?」
手を伸ばした時だった。
シャアアアアアッ
スズメの首にまきついていた蛇が飛んで、素早くその手をはらった。ミカリンが目をむいた。
「なにすんだよっ!」
「その花には毒があるから触るなと言わなかったか?」
スズメが苛立ちを隠せないように言った。
「だから、木の妖精、ななみんズだけが触れているんじゃないか」
「でもおまえだって!」
「わたしは毒の扱いには長けている」
するとミカリンは急に洟をすすりあげた。
「……なんなんだよお!」
ツキモリとスズメの動きが止まった。
「な、なんなんだよお、いきなり!
その両目から涙をこぼし、大声で泣き始めた。いきなり状況が変わったことに感情がついていけていないようようだった。
「それが
スズメは口調をやわらげた。みかりんが泣いてくれたおかげで、彼女の緊張もわずかにほぐれたようだった。
「ある日突然現れて、全てを奪って去っていく。準備をする隙も与えない」
「でも、でも、そんなの知らされてなかった!」
「おまえには親がいないから仕方ないか」
スズメは言った。
「皆、わざと口をつぐんでいるんだよ。そうするようにと、シモヒガシヨシヲ三世が命を出した」
シモヒガシヨシヲ三世。それは二代前の国王だった。
スズメは言った。
「今までは数百年単位でしか襲ってこなかった
「なんでそんなこと」
「国民に前を向いて生活させるためさ」
スズメは小さく笑った。
「やられたことはくやしいし不本意だが、そのことを悔いてばかりいては何も始まらない。悲しみに暮れ、いつまた
「でも、それにしたって」
「ほら、さっさと手を動かしなさいよ!」
ツキモリのいつにない厳しい声が飛んだ。
ふたりは何事かと顔を見合わせた。ツキモリはさらに厳しい表情で両手に斧をにぎり、渾身の力を込めてクマの肉に向かい合った。ミカリンももういちど大きく洟をすすり、両手で顔をぬぐって再びナイフをにぎった。
スズメは何か言いたそうに口を開きかけたが、
「もう少し獲物がないか探してくる」
ぷい、と、顔を背けてその場を後にした。
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その頃、森の奥深いところにある岩の洞窟の中では。
「悪いね、ジャイアント・タカヒト氏。君にこんな仕事をさせてしまって」
アオイがいつになく優しい口調でごつごつとした岩の床に横たわるジャイアント・タカヒト氏に声をかけた。ジャイアント・タカヒト氏もわかっているのか、
「みっくすふらいていしょく」
と、大人しく返事をした。
「わかった。全てかたがついたら、君におなかいっぱいミックスフライ定食を食べさせる」
ジャイアント・タカヒト氏は大人しくうなずいた。アオイは苦しい表情でその横顔をなでた。そして、
「必ず、生きて戻れ」
祈るようにつぶやいた。ジャイアント・タカヒト氏はわかった、というように一度だけ目を閉じて見せた。
もう一度風が吹く。
先ほどよりもずっと冷たく強い風が。
時が来たようだ。
アオイは表情を隠し、いつもの冷たい顔に戻った。五歩後ろに下がる。
「用意はいいか?」
ジャイアント・タカヒト氏は静かに目を閉じた。
アオイは両手を突き出し、目をつぶった。
呪文と共にその両手からまぶしい光がほとばしり、巨大なジャイアント・タカヒト氏を包んだ。
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