3 城の中

 その頃シマニャンは、自分の小屋の中で大きな鍋をかき混ぜていた。鍋の中身は蛍光の緑色の液体。そう。ヨドカワを魔法少女にさせるときに使う必須アイテムだ。


「……何か足りないにゃ」


 そう言って、眉根を寄せた。


「腐った木の根と、カラスの羽と……」


 鍋の下で燃える薪の火加減を見ながら、小さな木のテーブルの上に置いたカゴを取る。


「まあ、とっとと行って帰ってくればいいにゃ」


 フードを目深にかぶっていそいそと外に出た時だった。


 ぴゅうう。


 一陣の風が舞った。


 その匂いを嗅いだとき、耳がピン、と、立った。


「まさか……こんなに何の前触れもなく」


 つぶやいた時に、確か以前もそうであったと古い記憶を呼び起こす。もう一度風のにおいをかぎ、音を聞く。


 間違いない。


 慌てて中に戻り、水がめのひしゃくを取った。鍋の下で赤々と燃える薪に向かって思い切り水をかける。


 しゅうう、と音を立て、激しく湯気が上がった。


 木のふたを取り、鍋の上に置く。


 中から戸締りをして、窓のカーテンを引いた。


 もう一度外に出る。


 ぶるっと大きく身震いをして、首をすくめてクロークをかき集めた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 ニワの政務室に、


 ビシッ


 という音が響き渡った。

 ニワが手首を振ると、鞭先が風を切って舞い、ンダカップの脇腹を打った。


「あん」

「気持ちいいか!」


 ボンテージ姿のニワは、天井からつるされたロープに万歳する形で手首を縛られ、パンツ一丁になったンダカップの顔に自分の顔を寄せた。


「き、気持ちいいです……」


 ンダカップが吐息交じりの声をもらしたとたん、


「もっと大きな声で!」


 ビュン、と、鞭が唸る。ぴしっ、と音を立てて鞭が背中に当たるとその部分が真っ赤に腫れあがった。


「き、気持ちいいれふ……」

「もっと気持ちよくしてやろうか?」


 そう、残忍な笑みを浮かべた時だった。

 誰かがノックする音がした。


「後にしろ!」


 ニワは鞭を振りかぶった。


「至急ですにゃ」


 その低く押し殺すような声に、ニワの動きが止まった。ンダカップも先ほどまでの緩んだ表情を消した。鋭い視線を交わし、ニワは鞭を置いた。そばにあった椅子によじのぼり、天井に引っ掛けたロープを外す。


「そのままでお聞きください」


 シマニャンは続けた。


「ヤツが来るにゃ」

「ヤツとは、あの伝説の……?」


 ニワが訝し気に尋ねると、シマニャンは、


「いかにも」


 と、答えた。


 ンダカップの表情もあからさまにこわばった。

 ふたりは苦しそうに息をついた。


「……何日かかる」


 ニワの問いに、シマニャンが口を開く。


「一日」

「一日!」

「……何も、驚くことはない。知識としては頭にあったことにゃ」


 ンダカップの手首のロープを外す手が一瞬止まる。すぐに気を取り直したように指を動かし続ける。ハイヒールを脱ぎ捨て、ボンテージの上から素早く軍服をまとった。ンダカップも優雅な仕草で身支度を始める。


「情熱のフクヤマンとイケメンガムを呼べ。至急だ」

「承知いたしました」


 未支度を整えたニワはンダカップを見た。


「皇帝ガミのところへ参ります」

「私も至急動こう」

「よろしくお願いいたします」


 ンダカップは小さく頷き返し、シマニャンが控えるのとは反対側のドアから姿を消した。

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