6 バナナ魔法少女 みかりん
ツキモリがふらふらとユーディの前へと歩み出た。
「ユーディ。それをよこせ……」
「母上、やめてくれ」
ユーディはとっさにその巨大マツタケを背中に隠した。
「これを、あなたに渡すわけにはいかない」
その言葉に、シマニャンとよどりんは凍り付いた。
「何を言う! それでツキモリを殴るにゃ!」
「たったひと振りでいいんだぞ!」
ユーディは、ぎっ、と二人をにらんだ。
「こんな高級品をツキモリに渡せと言うのか!」
「だからそれは武器にゃ!」
「もう何年も、こんな代物、食べたことはない! これは、わたしがいただくのだ!」
……ちげーだろ。
その場に居た全員が思った。
「よこせ……」
ツキモリがぎらついた目でその巨大マツタケをにらみ、ふらふらとユーディに近づいた。
そして、両手を突き出す。
ユーディはとっさに目の前にその巨大マツタケを突き出した。
「わたしのマツタケ!」
ごう、と、ツキモリの指から音を立て指から炎がほとばしった。ユーディはマツタケをにぎった両手を放さない。焦げたマツタケの香りが辺りを包む。
とうとう耐えきれなくなり、それを地面に放り出した。
燃え盛るマツタケをはさみ、にらみ合う親子。
ふたりはそれぞれ、対峙しながら食べごろになるのを視界の端で確かめる。こうなったら、どちらが早くこのマツタケをものにするか。
戦いの焦点はそこへと変化していた。
「すべて、おまえのためだったのに」
ツキモリはマツタケを凝視しながらつぶやいた。ユーディは、その言葉に一耳を疑った。
「……どういうことだ?」
「おまえの父親は貴族や他国から多額の借金を背負っていた。貴族たちは証文ちらつかせ、もっと民から金をむしり取れと迫った。他国は領土を渡せと迫ってきたのだ。お前があたくしの跡を継ぐときには、借金のない、健全な政治を行う。そのために改革を行っていたのに……!」
ユーディは、マツタケをにらみながら口を開いた。
「なんだって……?」
「なのにおまえは……お前はニワの言いなりになって、あたくしを裏切ったのだ!」
煙を上げるマツタケ。
そのいい匂いと美しい焼き色に五感を奪われ、ツキモリの言葉が入ってこない。
そろそろか。いや、まだ焼き上がるには少し早い……。
ユーディがそんなことを思った時だった。
「その腐敗の一番の根源はニワ! おまえが慕っているあの女だというのに!」
涙に滲んだ目でユーディをにらみつけた。その、目尻にきらりと光る涙を視界の端でとらえた時、ユーディはようやくハッとしたように顔を上げた。
ツキモリは両目から滂沱の涙を流していた。
「あの女の言いなりになって、母であるあたくしを裏切るなんて……!」
と、両腕を振り上げた。
同時に、シマニャンが叫んだ。
「罠だ!」
よどりんも気づいたようだった。
「煙が目に染みてるだけだ!」
その言葉にツキモリがにやりと笑った。腕で涙を激しくぬぐうと、
「これは、あたしのものだああああああっ!」
食べごろに焼き上がったマツタケに向かって宙を舞った。
「させるかああああっ!」
それに少し遅れてユーディも飛んだ。
おいしそうな匂いを上げるマツタケを奪おうと二人が手を伸ばす。
「これを食すには百年早いわ!」
ツキモリが指先をユーディに突き出した。
赤い炎が噴き出した。
もうダメだ!
「ユーディ!」
シマニャンが懐に突っ込んでいた手を取り出し、にぎっていたものを宙に放った。
耳のそばで、風を切る音がした。
そして。
ユーディは誰かに体を抱えられた。今まで自分がいたところに火柱が上がった。
「間一髪だったね」
その声で気づいた。自分が今乗っているのは巨大な緑色のバナナ。そして自分を抱えているのは……藁でできた上着と腰巻のようなものをつけた、バナナ魔法少女のみかりんだった。
バナナの森に住む魔法使いで、金次第でどちらにでも転ぶことで有名な魔法少女だ。
いつの間に改宗したのか、賢者シマニャンが放った金貨を、秒ですべて自分の手の中に収めていた。
「なんでみかりんがここに……!」
「こういうこともあろうかと、シマニャンが呼び寄せていたのだ。だてに賢者を名乗っているわけじゃないにゃ!」
みかりんは手の中の金貨を数え終わると、ちらりとユーディを見た。そして、その超絶かわいい笑顔でウインクをして見せた。
「しっかりつかまってろよ」
「でも、マツタケが……」
「いくら出す」
「金貨五枚」
「十枚だ」
言い放ち、自分はバナナの上に立って軽く両ひざを曲げた。
そして、巨大マツタケを肩に担いだツキモリにものすごい速さで近づいていった。
「そいつをよこしな!」
「冗談じゃないよ! こいつはあたしが一人で食うんだ!」
「させるか!」
みかりんは両腕を顔の前でクロスし、そのまま前に突き出した。すると、まだ硬くて青い大量のバナナがツキモリめがけて飛んでいったのだった。
「小癪な!」
ツキモリは振り向きざま、あいた方の手の指から炎をほとばしらせた。固くて青いバナナは炎を浴びてもすぐには勢いを落とさず、熱を持ったフライドバナナになってツキモリへと飛んでいったのだった。
「ああああっ! 痛い! 痛いじゃないのっ!」
ツキモリは運動不足の中年女性とは思えない早さで森に向かう。マツタケの香ばしい香りがツキモリをそうさせるのだ。
みかりんは上空からその姿を追いかけながら、楽しそうに口をゆがめてユーディを見た。
「さあ、どうする⁉ あたしがこのままとどめを刺そうか?」
「それは……」
すぐには返事ができなかった。このままだと、母にマツタケを奪われてしまう。しかし、食べ物のことで母を殺すのはやりすぎではないのか。
でも。
こんな巨大なマツタケ、今を逃せば今後いつ、口にすることができるやもわからぬ。
まだ耳の中にはさっきの声が頭の中に残っていた。
―すべて、おまえのためだったのに!
だったら、そのマツタケをわたしに寄こすという頭がないのか!
みかりんはユーディの表情を見て、ふっ、と笑った。
「忘れんなよ。報酬は金貨十枚」
再び顔の前で両腕をクロスした。
「くらえ! バナナの皮!」
すると、みかりんの腕から飛び出した緑色のバナナが一気に黄色に熟した。皮がむけて、ツキモリの周りに落ちた。
「こんなものにやられるあたくしじゃなくってよ!」
ツキモリは肩に巨大マツタケを抱えたまま、器用に皮をよけて走る。
「あの能力を別の方面に使うことができれば、この国も少しはマシになったろうに」
あきれたようにつぶやくシマニャン。その背に乗るよどりんも、
「こんな奴らに統治されているのかと思うと複雑……」
げんなりと言った。
と。
「あっ!」
器用によけていたツキモリだが、その靴が、バナナの皮を踏んだ。つるっとすべってそのまま体が宙に浮いた。そして。
「ぎゃあああああああっ」
マツタケをつかんだまま、森の遠くへと飛んでいった。
最後にきらりと光ったように見えたのは気のせいだろうか。
そしてそれを、忸怩たる思いで見つめるユーディ。
「わたしのマツタケ……!」
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