4 ミラクル・ミラクル・よどりんりん
「あーあ。めちゃくちゃやってくれてんじゃんよ」
よどりんは、そのかわいらしい姿に似つかわしくない言い方でつぶやき、城壁の外を見下ろした。城壁の外は草地になっており、そこから魔女の住む深い森へとつながっている。
「これはふつうの火じゃないにゃ。燃えるものもないのに燃えてるにゃ。煙が目に入っても痛くにゃい」
よどりんとユーディを背中に乗せた大きな白い猫は、その肢体をのびやかに動かし、燃え盛る炎と立ち上る煙めがけて空を駆けた。
ユーディは今にも振り落とされそうになるよどりんの耳元で、
「しっかりつかまって」と囁き、自らもよどりんを後ろから両腕ではさむように押さえた。そして、大きな白猫となったシマニャンの、わずかにピンクを残した背中の長い毛をつかんだ。
「さあ、燃えろ! 全部燃やしておしまい! この壁も、街も、全員焼けてしまえばいいのよ!」
燃え盛る火の中心にいるのは、黒いドレスに身を包み、頭に大きな冠を載せた女性だった。
そう、その人こそユーディの生みの母であり、今は悪い悪魔となり果てた前の女王、ツキモリであった。
ユーディはともすると去来しそうになる母との思い出を無理に胸の中にしまい込んだ。
父である王が亡くなると自ら王位を継承し、度重なる悪政で民を疲弊させ、国力を落とさせた我が母。最後は宰相ニワの率いる軍にその身柄を拘束され、壁の外へと追放された女王はいつの間にか悪い魔女へとその姿を変えた。魔力を身につけ、その力を見せびらかそうとでもするかのように十年がたった今でもこうして度々騒ぎを起こす。
いくら女王だと言っても、彼女に正当な血は混じっていない。ましてや魔女として数々の悪事に手を貸している今、復権を目指すのは不可能だった。
自分はプリンスでありながら宰相ニワの計らいでその身分を隠し、こうしていまだに壁の中で何不自由ない生活をしていることを思い、複雑な思いであわれな母親を見つめた。
と、猫になったシマニャンの動きが空中で止まった。
「賢者シマニャン、もう少し近づくことはできないか?」
「これ以上は無理にゃん。毛が焼ける音がするにゃ」
「わたしが説得できるかもしれない」
ユーディは身を乗り出した。
「母上、やめておくれ!」
「燃やせ! すべてを焼き尽くすのだ!」
ツキモリは「おーっほっほっほ」と、口元に手を当てて笑いながら、彼女の放った火が城壁を焦がしていくのを見ていた。それに気づいたユーディが、
「どういうことだ? 魔法の防御膜を張っているのではないのか!」
煙をよけようと、シマニャンの体に顔をうずめて尋ねた。
「ツキモリの魔力が強くなっている、ということにゃ。魔法でできた防御膜はふつうの火には強くても、魔法の火が相手だとどうしてもその力が弱くなる」
「母上!やめてくれ! 頼むから!」
もう一度ユーディが声を張り上げた。
「このままでは火が城壁の中へと燃え移ってしまう! すべてが焼けてしまうんだ!」
するとツキモリは狂った笑顔でユーディを見つめ、
「そうするためにあたくしは今、火を放ってるんじゃないか。おーほほほほほ!」
その目を爛々と光らせた。
「母上……!」
「無駄だよ。怒りで我を忘れた相手にゃどんな言葉も通用しねえよ」
よどりんが振り返る。座った目でユーディを見た後、
「あたしがいく」
と、その背に立ち上がった。
「でも」
ユーディの言葉も聞かずにその背中から飛び上がり、エリンギを持った右手を上空にあげた。
「ミラクル・ミラクル・よどりんりん!」
空中で呪文を唱えると、今までふつうのキノコだったエリンギが長いバトンへと変化した。よどりんはそのバトンをそのまま頭上でくるくると回し始めた。
「さあ、エリンギの仲間たち、この炎を消しておしまい!」
すると回したバトンの間から、「わーーーーっ」という小さな声がしたかと思うと、巨大なエリンギと姿を変え、次々と炎の中に落ちていった。
「そんなことしたら、ますます火が大きくなる!」
ユーディが腰を浮かしかけると、
「よいにゃ! あれは胞子がよどりんの力で一瞬で大きくなったエリンギにゃ! 新鮮なキノコには水分がたっぷり含まれてるにゃ!」
その言葉の通り、大量のエリンギは炎の中に吸い込まれ、キノコの焼けるいいにおいが漂い始めた。同時に、その炎が小さくなっていくのだった。
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