3 エリンギ魔法少女よどりん爆誕!

「やめれ―――――! やめれ――――――!」


 男の野太い声が、湿り気を帯びた石造りの牢の中にひびいた。鎖がこすれる音、時折、びりっ、びりっ、という何かをはがすような音がするたび、


「痛いやないかイッ! やめんかい!」


 という悲痛な声がひびく。


「これで最後にゃ。我慢するにゃ」


 シマニャンが大きく首を左右に振ると、その白いフードが外れて顔があらわになった。


 それは、ウエーブがかったピンクの肩までの髪に真っ白な肌を持つ二十代くらいの女性だった。腕で顔にかかった髪を払い、黒いテープを陶器の壺に浸した。テープの片面だけが毒々しい黄色に変わる。それを、下着姿で石の台に寝かされ、両手両足をつながれている大男のすねに貼った。


「はがすにゃ」


 ユーディは黒いテープの端を渾身の力ではがした。


「いでえええええええええっ!」


 男の声が、ひときわ大きい、ビリビリビリっ、という音と重なった。その全身はピンクに腫れあがり、胸や腕、脚あちこちに真っ赤な血がにじんでいる。一方、テープの蛍光グリーンの方には、今抜いたばかりのすねの毛が大量にこびりついている。


 シマニャンは、脱毛に使われたテープが山と積み上げられたところに最後のテープを放り投げると素早く立ち上がった。手に持った杖の太い方を男に向け、口の中で呪文を唱えた。


 男の全身が蛍光イエローの光に包まれる。床におしつけられた腕や足を動かそうとするのに動かない。ただ、わなわなと震えるだけだ。


「うおおおおおおおおおっ」


 その声の最後の方は次第に甲高く、細いものへと変わっていった。


 厳かな呪文の声が止まった。シマニャンがその杖を最初に持っていたように持ちかえた。男を包んでいた緑色の光が次第に薄くなっていった。


 その光が完全に消えた時、シマニャンは軽く杖で床をついた。木の棒が床をつく鈍い音が響いた時、


「う、うん……」


 か細い声が響いた。

 そこに体を「く」の字に曲げて横たわっていたのは、真っ白な髪を持つ美しい少女だった。手足をつないでいた鎖から、その細い手首と細い足首が外れている。


「起きるにゃ」


 シマニャンは厳しい声で命じ、少女を見下ろした。少女ははっとしたように自分の体を見た後、すでに男の姿でなくなったことに気づくと、らしくない感じで「ちっ」と、舌を鳴らした。


「こんな時だけ便利に使ってんじゃねえよ」

「黙るにゃ。これで刑期が軽くのなるのだからいいにゃ」

「いいわけねえだろ。こんなんで体力ばっかり消耗して……」

「仕方ないだろ? この牢につながれてる罪人の中ではおまえが一番体が大きくて力が強い。賢者の薬で体を小さくすることで、手に持った魔法の武器に余った体力を注ぐことができる。体が大きければそれだけ武器に使える力も大きく、強く」

「けど、こうやってるうちにあたしの寿命が縮まんだろ」


 ユーディの説得も、少女には通じないらしい。シマニャンはじろりと少女を見た。


「……黙るにゃ。極悪人のくせに」

「うるせえ」

「黙るにゃ!」


 その、今までとは全く違う野太い声で、空気が一気に張り詰めた。


「でなきゃ……いますぐここで首をはねるぞ」


 ユーディは恐る恐るシマニャンの顔をのぞきこんだ。目に鋭い光を宿し、頬をぴくつかせている。


 背筋に冷たいものが流れた。この者に偽りはない。「首をはねる」と言えば本当にそうしてしまうことを今までの経験からよく知っている。ユーディはとっさに口を開いた。


「さあ、どうぞ」


 明るい声ですかさず片膝をついて少女の前に座った。二人の間の緊張が解ける。その美しい顔をわずかにかたむけ、少女の顔をのぞきこんで右手を差し出した。


「ぼくの手につかまって。マイ・レイディ」


 少女はこわばった表情で二人の顔色を窺っていたけれど、


「けっ、キモいわ」


 吐き出すように言い、普通にユーディの手をにぎって石の台の上からぴょんと飛び降りた。ユーディも呆れたように立ち上がり、


「なんだ、つれないな」

「おまえには見境がにゃいのか。こいつはむさい大男ぞ。早く例のものを渡すにゃ」


 シマニャンがいらいらとユーディを見ると、


「男でも何でも、少女の姿であればレディに違いはないからね」


 少女にウインクで返しながら、持ってきた袋の中に手をつっこんだ。取り出したのは、一本のキノコだった。


「じゃあ、いつものエリンギね。はい、後ろむいて」


 少女はしぶしぶとキノコを受け取り、言われた通りに後ろを向いた。


 ユーディが袋から白くて細いキノコを取り出してシマニャンに渡すと、シマニャンは少女の頭の上で「ふっ」と、キノコのかさに下から息を吹きかけた。キノコの胞子がきらきらと舞い、少女の頭に降りかかる。それを見定め、ユーディが手早くその長い髪を束ねてポニーテールに結んだ。


 そして自分の方を向かせた。


 さっきまで毛むくじゃらの大男だったは、水色で前合わせの短めのシャツに同じ色のミニスカートを合わせ、ひざより上の青いブーツをはいた魔法少女へと姿を変えていた。

 ユーディはその姿を正面から見つめた後、美しくほほ笑んだ。


「さあ、準備ができたよ、エリンギ魔法少女よどりん。思い切り暴れておいで」

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