8 よどりん、安すぎる

 カンカンカンカンカン


 街に警鐘が鳴り響いた。


「あっ、あれはなんだ!」

「ツキモリとみかりんだ!」

「避難だ! 避難だ!」


 城の護衛をするはずの兵隊たちは、空に浮かぶ巨大バナナを見ると一斉に城の地下へともぐった。かわりに地下牢から三人の魔法少女とユーディが現れ、空を見上げた。


「燃えるがいい! 燃えろ! 燃えろおおおおおっ!」


 バナナにうつぶせに這いつくばったツキモリが両手を伸ばすと、その十本の指から地獄の炎が噴き出した。防火壁に守られている貧乏人の家は守られたが、シマニャンが魔法を解いた清廉潔白な者どもの屋敷には火がついた。


「あたくしをなめると、こういうことになるのよっ。おーっほっほっほ。おーっほっほっほっほ!」


 ツキモリはぎっくり腰になったにもかかわらず、這ったまま高笑いを続ける。その様子を城の前庭から見ていた魔法少女たちは顔を見合わせた。


「すげえ。清廉潔白なやつの家がぼうぼう燃えてる」

「ここまであからさまだとな」

「守ろうという気もなくなるぜ」

「でもまあ、あたしたちの家はとりあえず守られてるわけだし」


 三人で顔を見合わせた。


「まあ、そう、固いことは言わずに」


 ユーディがとりなすも、


「固いも何も、戦うのはおまえじゃねえだろ」


 よどりんが返した時だった。


「覚悟をし! 魔法少女ども!」


 ツキモリの指から炎が噴き出した。


「おっと、やべ!」


 かずりんがとっさによけると、よけきれなかったユーディに火の粉がかかった。


「母上! 危ないではないですか!」


 きっ、と、ツキモリを見上げる。


「この母を裏切り、ニワについたおまえに母親と言われる筋合いはないわ!」


 また、両手を突き出した。


「ひえええ!」


 四人は四方に散った。


「と、とにかく君たち、ここは任せた」


 ユーディが背中を向ける。


「テメーはどこ行くんだよ!」


 よどりんの言葉に、


「わ、わたしはニワ宰相をお守りに」


 ばばばばばば。


 上空から炎が振ってくる。ユーディは悲鳴をあげながら城の中へと向かい、三人はそれぞれに炎をよけた。


「ちっ、こんな時にシマニャンは何やってんだよ!」

「あっ、兵舎が燃えてるぞ!」

「もういっそのこと、この城ごとぶっ飛ばしてくんねえかなあ……」


 ツキモリの炎がユーディの後ろを追った。バナナが至近距離まで近づく。


「逃がすか、ユーディ!」

「たあっ、たあすけてええええ!」


 集中攻撃されているユーディは、三人をそのままに自分だけ城に駆け込んだ。それを見て、今度は顔を見合わせた。


「しっかたねえなあ!」


 ぶんりんが後ろを向き、戦闘態勢に入ろうとした。と、その時だ。

 その視界の端に何かキラキラとしたオーラに気づく。


「あっ……」


 その目に映ったのはみかりん。


「か、かわいい……」


 ふらふらとみかりんに向かって歩いていった。

 それに気づいたかずりんが、


「テメー、なにやってんだよ! そのまま屁こけば……」


 と、そのときだ。


「カズー!」


 聞きなれた声が降ってきた。「ん?」と、空を見上げると、バナナの上に立っているのはカズーの姉、チアリーダーあきこ。


「ね、ねえちゃん!」


 チアリーダーあきこは自分を見てふにゃふにゃになるかずりんに向かって、


「がんばれ」

 ちゃちゃちゃ。


「あたし、がんばるよ!」

 かずりんは声をはり上げた。


「イケイケ」

 ちゃちゃちゃ。


「あたし、行っちゃう!」

 大きくうなずく。


「カズー」

 ちゃちゃちゃ。


 ぽんぽんを振り回し、足を上げたり下げたりしていたが、きっ、とかずりんを見た。


「とっととユーディ追いかけんかい!」


 と、怒鳴った。


「うん、わかった!」


 かずりんは何の迷いもなくユーディを追って城の中に入った。


「あんたもユーディ、追いかけな!」


 みかりんもぶんりんに言うと、ぶんりんはがくがくとうなずいて後に続いた。よどりんはどうするか迷っていたが、ここで自分だけツキモリたちを攻撃するのもバカらしく感じた。

 鼻をほじりながら立ち尽くしていると、ツキモリたちの乗ったバナナが急上昇した。


「壊れてしまええええええっ!」


 ツキモリは城の尖塔があるあたりに両手を突き出した。


 バババババババ


 城の壁が炎を上げ、崩れ始めた。


「いやー、愉快愉快」


 ツキモリが叫んだところで、よどりんが声を上げた。


「おい」

「なによ」

「あたしがそっちに加勢したら、金くれるか?」


 ツキモリとみかりんは顔を見合わせた。みかりんがあごをしゃくってみせ、「あんたが決めな」というと、ツキモリは、懐から数枚のコインを投げて落とした。


「どうせしばらく地下牢暮らしなんだろうから、それで事足りるでしょ」


 よどりんはそれを拾い集めた。


「安く見られたもんだな。……これだけの働きしかしねえぜ」

「上等よ」


 ツキモリが笑うのを、フン、とあしらい、金貨をポケットにしまった。そして、やれやれ、という体で、火が燃え盛り、壁が崩れ始めた城の中に駆け込んでいった。


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