2 黄金塊(ゴールデン・ナゲット)

 政務室にニワが戻ったのに気づいて、ユーディはすかさずドアをノックした。しばしの沈黙の後、


「誰だ」


 という疲れた声がした。


「ユーディです」

「入れ」


 ニワは机の前にうつむきがちに立ち、目を閉じてこめかみを押さえていた。


「どうかなさったのですか?」


 慌てて駆け寄ろうとすると、


「何か用事か?」


 と、神経質気味にたずねた。


「ニワ宰相のことが心配なのです」

「仕事はいいのか」

「わたしの仕事は、エリンギをよどりんに渡し、ポニーテールにすることだけですので」

「そうだったな」


 ふっと表情を緩める。ユーディは静かにニワに近づき、美しく微笑みかけた。


「……抱きしめてもいいですか?」


 ニワは少し気弱な表情でわずかに顔を傾けた。口を開いたその時だった。


「大変です、ニワ宰相」


 ユーディがニワを見て表情を変えた。懐から白いハンカチを出し、その頬に触れた。


黄金塊ゴールデン・ナゲットが」


「な、なんだと!」


 ニワが表情をこわばらせた。


「ついていたというのか! 私の頬に!」

「大丈夫です、今ふき取りました」

「そういう問題ではない!」


 絶望的な声を上げ、だん、と両手を机についた。


「私としたことが……」


 ユーディはハンカチを広げ、ひそかに拭きとった黄金塊ゴールデン・ナゲットを見つめた。


 黄金塊ゴールデン・ナゲット……それを庶民は、鼻くそ、と呼ぶ。


 頬についていた、ということは、ニワは今まで皇帝ガミコーと会っていた、ということにほかならない。


 というのも皇帝ガミコーは常にその太い人差し指で鼻をほじくっている。鼻から黄金塊ゴールデン・ナゲットを取り出し、神経質にくるくると丸めてそこかしこに飛ばす。椅子の裏につけたり、テーブルの裏につけたり、水分の多いときには机の上で指を転がして拭き取ったりする。ほじくりすぎて出血し、鼻にティッシュを詰めていることも多々ある。


 皆から、あの鼻の中にはどれほどの金塊が埋まっているのかと噂されるほどだ。そして時には長すぎる鼻毛を抜いて、やはり飛ばしたりする。

 

 皇帝は人徳者だ。


 誰かに向かって黄金塊ゴールデン・ナゲットを飛ばすことなどない。いくら会合とはいえ、皇帝は上座にお座りだ。宰相はそのとなり。それでもニワ宰相の頬に着地させてしまう、ということはそれほど心の動揺が激しかったということに他ならない。


 先日はンダカップとの会合、そして今日は皇帝ガミコー。そして皇帝はひどくお気持ちを乱されている……。

 ショックに打ちのめされるニワを見ながら、ユーディは思った。


 やはり、カズーに聞きに行くしかない。


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