3 ちょろいわ!
「カズー」
バスケットを持ったユーディが暗い廊下の中を歩いて大男ヨドカワの檻の前を通り過ぎる。
「おい、夜這いにはまだ早いぞ」
ヨドカワが声をかける。それを無視して、
「カズー」
カズーの檻の前に立った。こちらを背にして小さく丸まるように石の台に横たわっている。
「カズー」
「るっっせえ、黙れ!」
カズーが赤い髪の毛を逆立たせて怒鳴った。
「わたしは君に聞きたいことがあるんだけど」
返事はない。
「もちろん、ただで聞こうとは思わないよ。おいしいものを持ってきたんだ」
「なんだよ、うまいものって……」
ちらりと振り返った。ユーディは自分が一番美しく見える角度でカズーにほほ笑みかけた。
「ねえ、こっちに来ないかい?」
「こっちは腹が減ってんだよ!」
カズーはのろのろと立ち上がった。ユーディはねめるように全身を見つめた。その股間をしばらく見つめ、ゆっくりと視線をカズーの顔に戻した。
カズーの目が燃えた。
「テメーどこ見てやがんだ! キモいんだよ!」
がんっ、と、その拳で檻を殴った。
……致し方ない。色気の分からん奴め。
後ろ手に隠していた籠を見せた。
カズーは籠とユーディを見比べていたけれど、
「メシか?」
と、にらんできた。こういうこともあろうかと、今朝はカズーだけ食事を与えないようにしていたのだ。
籠の中から取り出したのはパスタ。
「なんだ、すげえいいにおいじゃねえか。なんでカズーだけなんだよ」
「テメーはさっき食ったばっかだろ!」
カズーが嚙みつかんばかりに叫んだ。ユーディはその姿を見て、「これじゃあまるで野生動物だ」、と思った。けれどもそんなことはおくびにも出さず、優雅にヨドカワの檻をのぞきこんだ。
「ヨドカワ。君の分はないよ」
するとヨドカワはニヤリと笑った。
「毛、抜かせてやってもいいぞ」
ユーディも対抗して美しく微笑み返した。
「残念ながら、それはわたしの趣味ではないな」
そして今度は少し落ち着きを取り戻したかに見えるカズーを正面から見つめた。
「ところで今日は君に聞きたいことがあるんだけど」
カズーは檻から一歩離れ、訝しげにユーディを眺めまわした。籠の中の食事とユーディの顔を見比べる。
この食事がなにを意味するのかを悟ったようだった。
「何を聞くってんだよ」
「この間、君は誰から金を盗んだの?」
「ざっけんな。盗んだんじゃねえ、盗まれたんだ!」
「その前に盗んだよね」
一瞬口ごもった後、
「俺は盗んでねえ。無実なんだから早くここから出せ」
けれどもその声に先ほどまでの勢いはなかった。
「教えてくれたら、おいしいおいしい食事をさせてあげられるんだけど。ほら」
籠を檻の前に置いた。パスタのいい香りが広がる。カズーはごくりと唾を飲んだ。
「こんなことで釣るなんて汚ねえぞ!」
「何か言えないことでもあるのかな」
「んなもん、ねーわ」
「わたしの目は節穴じゃないよ」
ユーディが持っていた扇子で籠の上をあおいだ。パスタの香りがカズーの元まで届き、ごくりと唾を飲むのが分かった。
「さあ、お食べ」
「ヨドカワにでもやれば」
「わしは食うぞ!」
となりの房から、がんがん、と、檻を揺さぶる音がする。思わず顔をしかめてしまった。
「君はいいんだよ」
そしてカズーに向き直る。
「これ、とても珍しいきのこなんだって。なんでも、旧王室でしか食べられてなかったとか」
「なんでおまえがそんなの知っとんや」
すかさずヨドカワが口を出した。ギクリとしたけれど、
「シマニャンが教えてくれたんだ」
「食わせろ!」
檻をガンガン、と揺さぶり始めた。
「わしにも食わせろ」
「だからヨドカワは黙ってて」
「食いてえ、食いてえ、食いてえ!」
「だまれヨドカワ!」
「食わせろおおおおお!」
「黙れ! それ以上言うと次は尻の毛を抜くぞ!」
そこでさすがに黙った。ユーディは再びカズーに向き直った。
「おなかすいてるんだろ?」
くわっと目をむいた。
「俺の朝飯が来なかったのは、お前の差し金か!」
「まさか」
美しく笑う。
「君にぼっこぼこにされた奴らがひどく君を恨んでてねえ……」
「……んだよ、畜生! こっちは被害者だぞ!」
「だからさ、そこらへんがわからないとわたしだって、君を釈放しろなんて言いにくいだろ?」
カズーはそこでまた「はああっ⁉」と、頓狂な声を上げた。
「一方的につかまえたのはテメーだろ!」
まさか、ンダカップさんから上司のニワがたくさんの賄賂をもらっているからね、とも言えず黙りこんだ。
「事情によっては、解放してあげないこともないよ」
カズーが黙りこんだ。そこでようやく石の台から下りて、檻の前まで歩いてきた。ユーディを上から下まで見た。ユーディがパスタの皿を、食事配膳用の小さな入口から中に差し込むと、
「誰がテメーなんか信用するか」
吐き捨てるように言って、パスタの皿を取った。そのまま背を向けて部屋の隅に戻り、黙って食べ始めた。
ユーディはそれを、心の中でほくそ笑みながら見ていた。
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