2 赤毛のカズー

 松林には、たくさんのオレンジ色のアンズタケが生えていた。ふたりでああでもない、こうでもないと言いながら摘んでいた時だった。

 シマニャンが動きを止めた。


「どうした?」


 ユーディが顔を向けると、その薄いピンク色の髪から猫耳がピーンと立った。フウウウウッ、とうなり、ローブの下から長く真っ白なしっぽが出た。


「乗れ、ユーディ!」


 同時にシマニャンは大きな猫の姿になり、ユーディは籠を腕にかけたままその背中に飛び乗っていた。

 シマニャンが前足で駆けるとその体が宙に浮いた。


「どうした?」

「町の中央で乱闘騒ぎにゃ!」


 猫になったシマニャンはものすごい速さで宙を駆けた。ユーディは体を低くして町の中央へと目をやった。


「あそこだ!」


 なるほど、噴水のある広場に人だかりができていた。


 中央に立っているのは赤毛で小柄な少女だった。十代半ばだろうか。その周りに数人の男たちが倒れている。


「何が起こってるんだ?」


 その間にも古びた服を着た屈強な男が一人、少女にとびかかった。


「ざっけんじゃねえ!」


 目にもとまらぬ速さでその足が宙に浮き、次の瞬間にはその男が群衆の中に転がった。


「てっめえ! クソガキが!」


 後ろからも身長が二倍くらいの男が襲い掛かるが、少女は反転して体をかがめてその腹にパンチを打ち込んだ。男は「ぐえっ」という声を上げて倒れ、


「女のくせに!」


 別の男も襲い掛かった。少女は、


「俺は、女じゃねええええええっ!」


 と、その男の頬に拳を打ち込み、男は倒れた。すると今度は全身を甲冑で身に包んだ兵が少女を取り囲んだ。


 ユーディがひらりとシマニャンの背から飛び降りると兵士が場所を開けたので、少女の前に立った。兵士が敬礼した。


「ユーディ少尉」

「何が起こってるんだ?」

「なにかもねえ! こいつらが、俺の金を盗んだんだ!」


 赤毛の少女が、打ちのめされて転がっている男たちを指さした。男たちは頭から血を流し、目をむき、ひいひい言っている。

 ユーディはその男のうちの一人のそばに片膝をついて座った。


「彼女の言ってることは本当なのか」


 そう尋ねると、男は震える指で自分の腰帯を見せた。そこには〇のなかに「ン」という刺繍が施されていた。


「これ、ンダカップ商会の印にゃ」


 賢者の姿に戻ったシマニャンが後ろから素早くささやいた。


「ああ、あの悪いことばっかりして金儲けしてるエロいおじさん」

「ニワ宰相に大量の賄賂送ってるにゃ」


 ふたりは小さく頷き合うと立ちあがった。ユーディは兵士の一人に、


「この女をとらえよ」

「女じゃねえ!」

「わたしにとってはどちらでもよいのだが」


 するとシマニャンがぎょっとしたように見てきた。


「守備範囲が広すぎるにゃ」


 いや、そういうことじゃなくて、と反応しようとした時だ。


「おれの名前はカズーだ! 女とか男とか呼んでんじゃねえ!」


 カズーがユーディに襲い掛かろうとした。兵士たちはとっさに剣を抜き、ユーディの前に立ちはだかった。その隙に別の兵士が横からカズーの首筋に剣を突き付けた。


「おい」


 カズーは身動き一つせず、上目づかいにユーディを見た。


「なんで俺が捕まるんだよ。……被害者だぜ」


 ユーディは自分の前に立ちはだかった兵士に目配せし、場所をあけさせた。剣を突き付けられたままのカズーの前に立ち、わずかに顔を傾けて美しく笑った。


「だってさ、君、過剰防衛。いくら何でもやりすぎ」


 美しくほほ笑んだ。


「じゃあ金返せよ」


 ユーディは倒れてうんうん唸っている男たちに、


「君たち、この人の金を盗んだのか?」


 と声をかけた。男たちはみな、一様に首を横に振った。


「取ってないってさ」

「はあっ⁉」


 カズーは、ユーディの足元に倒れている男の腰にぶら下がっている袋を指さした。


「あれ! あれは俺の金だ!」

「その金、あの人が自分のだって言ってるけど」


 ユーディが男にたずねると、男は首を横に振った。なのでカズーに目をやる。


「どうせ君も、どこからから盗んだんだろ」


 図星だったのか、カズーは「ううう」とうなって言葉を失った。


「じゃあなんで、俺だけ捕まんだよ!」

「だって、お金に名前は書いてないし。君のだという証拠はない」


 怒りで、カズーの顔がその髪と同じくらいに赤くなった。


「テメー、なに言ってんだよ! バカなのか⁉」


 その一言で、今まで美しかったユーディの笑顔が冷たいものに変わった。


「こいつを牢にぶち込め。過剰防衛と不敬罪」

「何言ってやがんだよ!」


 兵士によってカズーはとらえられた。その姿を厳しい視線で見た。


「よどりんのとなりが開いていたはずだ」

「はっ。魔法少女の牢ですね」

「そういうこと」

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