3 きーのこ、きのこ
夕方の政務室。
軽いノックの音がした。
宰相ニワはびくっと体を震わせ、あわただしく机の上の書類を重ねた。
「誰だ」
「ユーディです」
重ねた書類を慌てて引き出しにしまいながら、
「入れ」
と、声を上げた。ユーディが部屋の中に足を踏み入れるのとニワが引き出しに鍵をかけるのが同時だった。
「どうした」
「今日、またひとり魔法少女が増えました」
「昼間の乱闘か」
「ええ。ンダカップさんのところの小悪党がからんでました」
「捕えたのか」
「……相手の方を。小柄でしたが腕っぷしが強かったので」
「たしかに、この間の戦いぶりでは、よどりんひとりでは心もとない」
そこで、わずかに会話が途切れた。
「以上か」
ニワが鋭い視線をユーディに送った。ユーディは自分が一番美しく見える角度からニワにほほ笑みかけた。
「これから、どうされますか?」
「どう、と?」
ニワがかすかに片方の眉をつり上げた。そんな事にも気づかない振りで、ユーディは後ろ手に隠していたものを前に持ってきた。
それは、小さな籠いっぱいに入ったオレンジ色のキノコだった。ニワはあからさまに顔をしかめた。
「なんだそれは」
「アンズタケ、と言います。この時期だけ食べられるんです。傷むのが早く、それほど取れるわけではないので旧王室だけでたしなまれていた非常に希少なキノコなんです。宰相のために取ってきました」
「私は、キノコが大好きなのだ。見せてくれないか」
ユーディはうやうやしく籠を持ってニワに見せた。ニワはそれに顔を近づけ、観察するように見ていたが、
「本当に珍しいな。こんなものは見たこともなければ食べたこともない」
「今すぐコックに調理させましょう。もしよろしければ……久しぶりに、わたしもここでご一緒させていただけたら……」
熱に浮かされたような視線で見つめた。ニワは、
「うむ」
と、考えこんだ。
「では」
踵を返そうとすると、
「いや、待て」
ニワの声が飛んだ。
「今日は遠慮しておこう」
「どうかなされたのですか?」
寂し気に見つめるが、その視線をそらされた。
「まだ、仕事が残っているのでな」
怪しい。
ユーディは思った。
今朝、予定を聞いた時には特に急ぎの案件はなかったはずだ。閣僚同士で、秘密の会合でも開くのか……。
ニワは机の上に散乱していたペンなどを所定の位置に戻すと立ち上がった。
「用事はそれだけか」
こんな風に言われたら、立ち去らないわけにはいかない。キノコの籠を持ったまま行こうとすると、
「すまぬが、その籠は置いて行ってくれぬか。帰って来てから、持ち帰って自分で調理してみよう」
「しかし、宰相。これを一番おいしく食べる方法を知っているのはコックだけです」
するとニワは声を上げて笑った。
「一度ここに戻る。その時にここのコックに調理させよう」
「ではその時はわたしにもぜひ、お声をかけてください。……中庭で待ってますから」
「そうだな」
ニワは愛し気なまなざしでユーディを見つめた。ユーディもとろけるような笑顔でニワを見つめ返した。
これ以上長居をするのは野暮だとわかっている。ユーディは籠をコーヒーテーブルの上に置いて部屋を後にした。
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ユーディと宰相ニワ イラストはこちら
https://kakuyomu.jp/users/Tsukimorioto/news/16817330665716591834
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