第九話 到着
「さぁ、私たちも訓練所に向かうぞ。荷物はそれだけでいいのか?」
セレスティに言われ、俺たち二人はお互い背負っている荷物の大きさを確認した。
俺の荷物はほとんど衣類しか入っていない。
ナナリーも同様、ほとんどが衣類だったはずだ。
「特に持って行くものもありませんから、問題ありません」
「私も!大事なものはお部屋に隠してきたから!」
セレスティは冷たく「そうか」と、言いながら玄関の扉を開き、家を出た。
その後を元気な足取りでナナリーがついて行く。
俺はというと、誰もいない室内を見渡していた。
俺が生まれてから、今日まで、少なからず家族に不幸が降りかかっている。
ルーズの仕事の怪我も、俺が生まれてからの方が数が増え、傷も大きくなったとリザが言っていた。
そして昨日の誘拐事件。
俺との直接的な関係は、ない。
けど、前世の出来事を考えると、俺の呪いが不幸を呼び寄せた可能性が拭いきれない。
出来ることは何もない。
被害が増えないように人との関わりを減らすことだけ。
だが、それは前世までの話だ。
今世には、魔法がある。
どんな事が起きても、魔法の力で周りの人を助けるんだ。
そうすれば、もう孤独感なんて味合わなくてすむ。
太陽が少し落ち始めた頃、俺の人生を変える旅始まった。
村を出る時に馬車を一台購入し、あたりが暗くなるまで道を進んだ頃、セレスティは馬車を止めた。
馬車から降りると、馬をその場で座らせ休憩させた。
「今日はここで夜を明かす。お前達も横になって休んでおけ」
馬車という乗り物に、最初こそ興奮したが、俺とナナリーは生まれて初めての乗り物酔いで、馬より先に横になり休ませてもらっていた。
「すみません、あとどれくらい馬車で移動するんですか?」
「どうした坊や、そんな青白い顔をして。具合が悪いのか?」
今にも吐きそうな俺はゆっくりと頭を縦に振る。
「だらしがない。あと二晩はかかるだろうから、早く慣れるんだな」
「えー!あと、二晩……も……」
セレスティの発言に驚き、体を持ち上げたナナリーだったが、すぐに力尽きると荷台の中で倒れ込んだ。
「セレスティさんは休まないんですか?」
「私は、お前らの護衛のつもりで一緒にいるんだ。最近、この付近はよく魔獣が出るからな、朝まで見張っている」
「あはは……冗談ですよね?」
「冗談は得意ではない」
「そうですよね」
三日も寝ずにというのは、可能なのだろうか。
*
セレスティの「ついたぞ」の一言で目を覚ます。
荷台から顔を覗かせると、大自然の中、急に大きな壁がそびえ立っていた。
馬車のすぐ前には少し大きめの門と、四人の門番が立っている。
「わぁ〜、ついたんですね!これで馬車とも、お別れか〜。お馬さん、ここまで連れてきてくれてありがとう!」
ナナリーは荷台から降りると、馬の顔にピッタリとくっつき、お礼を言っている。
驚いたことに、この三日間で馬車にも慣れ、馬と仲良くなっていた。
俺はというと、てんでダメ。
最後まで気分が悪いまま、三日間を過ごした。
何はともあれ、短い初めての冒険は一旦終了となる。
まぁ、俺はほとんど荷台に乗っていただけだけど。
無事ここまで来られたのは、やはりセレスティのおかげだ。
この三日間、危惧していた通りに魔獣が頻繁に現れ、それに対応してきたセレスティは、最後まで疲れを見せることはなかった。
「セレスティさん。ここまでの道中、本当に助かりました。ありが——」
「いい。お前はこれから、もっとお礼を言うことになる。それくらいにしておけ。とりあえずここの責任者に合わせる。ついてこい」
お礼を遮られてしまったが、前を歩く彼女の背中に手を合わせ頭を下げた。
「ナディー?何してるの?」
「お礼だよ」
俺たちは門を通り抜けると、目の前の光景に驚いた。
目の前には既に村よりも多くの人で賑わっていた。
「ものすごい数の人ですね」
「私、人が多いとこ……ダメかもぉ……」
人に酔ってしまったナナリーはセレスティの服を掴み、人を見なくて済むように地面を見つめている。
「そうだな。この地区は観光客がほとんどだ。用がある場所は人が少ないから、暫くそうしているといい」
ナナリーの頭に手を乗せ、安心できるように優しく言葉をかけた。
優しく接することも出来るのか、と驚いていると、セレスティと目があった。
「ど、どうしました?」
「いや、急ごう。そろそろ腕の様子が心配だ」
対して、俺には不安を煽る言葉をかけるセレスティ。
俺の方がナナリーより幼いんだから、不安にさせないような言葉をかけてほしいと思うのは、自己愛が強すぎるだろうか。
周りの屋台や、住居の造りを見る暇もなく通りを進むと、遠くから金属音がぶつかる甲高い音や、波の音、さらには爆発音が聞こえてきた。
アカデミーで絶賛訓練中なんだろう。
ナナリーは今日からアカデミーに入る。
ということは、年齢が足りない俺が訓練に参加できるのは、少なくとも二年後か。
「あの、ナナリーは今日からアカデミーに入るとして、僕はどうしたら……」
「心配しなくとも、住居が与えられる。遠方から来る者がほとんどだからな。坊やも一緒に住むといい」
アカデミーにまだ入れない俺も寮に住めるのか、という不安はある。
まぁセレスティがそう言うなら、なんとか話をつけてくれるだろう。
「お家がもらえるの!?」
「そうだ、この近くにある建物はみんなそうだ。子供は一軒家ではなく、寮生活となるだろうが」
経験のない寮生活に不安と期待で胸が躍る。
どの建物に住むことになるか、あたりを見渡していると、アカデミーの入り口にたどり着いた。
入り口が複数あるその建物は歴史の教科書で見た、教会のような造りだ。
中に入ると少し狭い広間があり、左右には滝のように水が流れるオブジェがある。
狭い広間を抜けると、二階へ続く階段の先に、一人の老人がこちらを睨みつけ佇んでいた。
まるで俺たち姉弟を恨んでいるような険しい表情に、足がすくむ。
「まさか、子供を作るとは思っていなかったよ。誰の子だい?まさか——」
「勘違いするな。知り合いの子だ」
「……なんだ、そうか。いや、安心したよ」
老人はセレスティの言葉で安心したのか、表情が柔らかくなっていく。
そんな老人を見て、セレスティは呆れたようなため息をつくと「ついてこい」と俺たちに声をかけ、階段を登った。
「この坊やに呪いがかけられている。お前なら解くことは無理でも、封印か抑えることくらいなら可能だと思って連れてきた」
「君に頼られるなんてね。光栄だよ」
そういうと老人は自分の部屋へ案内してくれた。
案内された部屋には数多くの本が並べられ、綺麗な石が複数飾られている。
「さぁかけて、かけて」
四人掛けの長い椅子に座ると、対面に座る老人は、間髪入れずセレスティに質問を投げかけた。
「さて、呪いと言ったね?誰に呪われたんだい?」
そう言われたセレスティは、お前が答えろという目で俺を見てきた。
「あ、あの。誰に呪われたのかも、いつ呪われたのかも分からないんです」
「ふん。では、呪いを見てみよう」
ゆっくりと目を見開いた老人は、その目で俺の腕を注視する。
それだけ?と疑問に感じていると、老人は数秒で目を閉じた。
どうやら診断結果が出たようだ。
「歳はいくつだったかな?」
「三つです」
「な……そうか。いや、でも……」
俺の歳を聞いた老人は、驚きと困惑を隠せない表情で、診察結果を口ごもった。
「おい、どうした?早くしろ」
セレスティに言われ、老人は渋々答えを出した。
「ふん。そうだな。少年の呪いには二つおかしな点がある。まず前提として、呪いをかけられた者の体の中には本人の魔力、そして呪いをかけた術師の魔力が二つ存在する。その魔力から術師を特定することも可能だ」
老人の話を聞き、自分の体にある魔力を感じてみる。
けど、今まで通り魔力の種類は一つしかなかった。
「だが、今少年が確認した通り。魔力が一種類しかない。そして二つ目。呪いをかけられた時期なのだが」
「それは!僕も気になっていました」
そう、呪いをかけられたタイミングは大事だ。
家にはルーズの仕事仲間や、隣人が訪ねてくる事がたまにあった。
時期で誰が術師か分かる。
「それが不気味なのだ。少年が生まれるよりも、はるか昔にかけられた呪いのようなのだ。すくなくとも私が生まれるよりも前だ」
「なに?有り得るのか?」
前世の呪いのような体質が頭に浮かんだが、この老人が生まれる前ということはどういうことだろう。
俺は前世を含めても、そんなには生きていない。
「有りえない。とは言い切れない。呪いを肩代わりしたか、擦りつけられたか。なんにせよ有りうる話だ。どうだ、少年。心当たりはあるかの?その場合、体に異常があるはずなのだが」
「ど、どうでしょうか。これといった心当たりは無いのですが」
「あれは!?ナディーが初めて魔法を使った時!」
ナナリーの発言に「ほう!」と老人は前のめりにナナリーに食いついた。
「なんとその歳で魔法を使えるのか!将来が楽しみだの」
「まぁ、でも魔法を使うとこの通り。腕が使い物にならなくなってしまうんです」
老人に包帯が巻かれた右腕を見せた。
すると老人は俺の右腕に手を置き、ぶつぶつと何かを唱え出した。
「どうだろう。右腕、動くのではないか?」
「そ、そんなわけ——」
右腕は動いた。
「す、すごい!う、動くぞ!ありがとうございます!」
「なに、構わんよ。どれ、魔法は使えるか試してみなさい」
「お、おい。待て!大丈夫なのか?」
セレスティの心配も分かるが、動くなら構うもんか。
俺は右手を窓のある壁に突き出し、魔法を使った。
その直後、壁には大きな穴が空いた。
初めて魔法を使った時と同じ穴だ。
どうやら今の俺はこの魔法しか使えないらしい。
今も光を放つイメージをしていたのだが、今まで通りの大穴を開けるだけだった。
「ナディー!?どこも痛くない?大丈夫?」
「すごい!大丈夫!なんともない…よ…?」
大丈夫。
そう思っていたのだけど、右腕からまた感覚が無くなっていく。
感覚がなくなった腕は、またぶらんと下がりピクリとも動かなくなった。
「おい、やっぱりだめじゃないか。それに坊やのアザが広がっているぞ」
「え!ほんとですか?うそ…だろ…」
慎重に考え、実行すればよかった、という後悔で膝から崩れ落ちる。
ナナリーは俺を慰め、老人を攻めていた。
「これは……申し訳ない少年」
「まぁ坊やも悪い。何も考えずに魔法を使うからだ」
セレスティの言う通り。
これは、俺も悪い。
セレスティは続けて「そうそう」と次の話題を切り出した。
「この二人を訓練所に入れてやってほしい」
「ん、あ、え?それは構わんが、お嬢さんの歳はいくつだい?」
老人の問いにナナリーは涙を拭いながら、手のひらを広げ、五歳だということを示した。
「ふん。お嬢さんは問題ないのだが、少年はあと二年は待たないといかんな」
「そうか。同じ寮に住まわすことは?」
老人が首を横に振る。
ということは、俺は家なし、ということだろうか。
まだ三歳ですよ?
「だがの、歳の割りにしっかりしておるようだ。アカデミーに入るまでの間、お手伝いとして私が引き取るのはどうだろうか。さっきのこともある。せめてもの罪滅ぼしだ。それに呪いのことだが、解呪するにしても抑えるにしても、一緒にいた方が都合が良い」
「ナナリーとは離れ離れですか」
「え!そんな……」
ナナリー同様、おれもかなりショックだ。
ついこの間に家族と離れ離れになったばかりだ。
小さいナナリーにはあまりにも酷な話だ。
「そう落ち込むな。家の近くの寮になるよう、話は通しておく。すぐに会えるさ」
ナナリーはそれなら、と納得したようだが、俺を抱きしめる力が今まで経験したことのない強さになっていた。
「じゃあ私は帰る。あとはそこの男に頼れ」
「あ、あの!」
セレスティは背を向けたまま、右手を上げ別れを告げた。
礼はいい。
と言うことだろうか。
なんだよ、かっこいいじゃないか。
彼女の燃えるような赤い長髪が、俺の心に焼き付いた。
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とりあえず第一章はこれで終わりです。
次回よりアカデミー編に突入します。
異世界で紐解く二廻目の呪われた人生 〜前世から呪いを引き継ぎ、迫害されながらも魔術師の頂点を目指します〜 砂糖あずさ(さとあず) @satoazu
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